年月日:1949:19490319:19490319-h-roc-s27-004-郭淑姿日记



郭淑姿日记>19490319

“春光”
垂れこめるちぎれ云、灰色带びたその中から、今しも我が颜を出さんと努力する光、遮ぎられては遮ぎられては喘ぎ乍らも自分の威光を辉やかさむとす。
云间よりその辉きを发せる时实に夏空のぎりぎり照りつける时と相变れる春天の弱き光线は、かの春光と照らされる万象とは恰も对立的态度で见下ろし、见上げられつしてゐる。
ふと见上げた眼差しは强き光线にはやはり一たまりなく降参してしまふ。
人眼の光りに胜ち能はずは、言わずもがな。
光のぽかぽかと暖かなるを背后にうけたる时は、快き气持に泌たされ、この时のみは少なからず春光の、のどけき暖かさにとけ入って、感谢の念、新たに涌き出づるものだった。
谁か一しれず光の有难さをしみじみ思ふ世人がありませう。
これも自己といふ一个人が静かに、そして杂事考へる事なく一人宇宙を见げた时に、心あるものは感ずる所ありませう。
私はしばし考へた。
そして强く强く辉かしき光の此の宇宙世界に出现せる远き远き太古を现にえがき、人生の光明を见出す努力に进むものだった。
(春光浴びし一瞬を想ひ缀る)
三八、三、一九
やはり自分の苦しみ、悲しみのきはにある时、人常として、实际神样を怨み、骂しりたくなる。
これが神の我々に与へてゐる试练だから。
それだけに恶魔にうち胜てねばならないと自分で心静かに样々な事を考へた时、さすがに淋しく悲しい思ひになり、その半面又强く生き拔かう神の良き子等としてと决心する事もある。
何故自分、否、世界の者が日々少なからぬ苦恼を尝ねばならぬかと……。
人间の罪多きに感じ入る。
自分でも时に发作的考へに“ああ、幸福になりたい”と思ふ事がある。
その时やはりいろいろ考へた扬句はやはり主について行くといふ事を切实に感じた。
そしてすべて自分の行动を渐次神に喜んで顶ける人として进まうと决心するのであった。
しかしこれがただ一时的の发作だけに终ってしまふのを私はとても怖れるんだった。
サタンの诱ひに负けるのが心配だ。
それだけに我と我が心に鞭打って行かねば深入りに落ち迂んでしまふ。
家庭礼拜にパパやママが居なく{っ}ても长女たる自分が弟妹达をインツワア【1】して行かれるやうになっただけでもうれしく思った。
始からさうなくっちゃならないのが真实な通例なのに、今迄やってこなかったのがどうかしてゐる。
(三八、三、十九)

“春光”
低垂的片片浮云,带着灰色的云层中,有努力冒出头来的阳光。
即使被乌云遮挡,也拼尽全力要显出自己的光线。
云层间透出阳光时,那与夏天强力照射的光线不同的春天的柔弱光线,正与春光所照耀的万物采取对立的态度,一个俯视着另一个仰望着。
偶尔抬头仰望那强烈的光线,眼睛马上会投降。
人眼无法赢过光线,是不必多说的道理。
当阳光暖暖地照在背后时,整个沉浸在愉悦的心情中,唯有这时才融入春光的和煦与温暖中,重新涌现出感谢的心情。
怎么会有人独自悄悄地在感念光的恩惠呢。
这也是当自己一个人静下来,心无旁鹜地仰望宇宙时,有心人一定有所感慨。
我想了一会儿,将这强烈照耀的光线最初出现在宇宙的太古时期情景描绘于现世,我要努力前进找出人生的光明。
(在春光之中一瞬间的心情札记)
三八、三、十九

当自己痛苦悲伤的时候,人们想要抱怨神甚至咒骂神,这都是人的常情。
因为这就是神给予我们的考验。
觉得自己必须战胜恶魔,静下来思考许多事时,有时会沉浸在寂寞与悲哀中,但另一方面,又决心要坚强地活下去,当神的好子民。
为何自己,或说所有世人,每天都要尝尽各种苦恼呢……?
人类的罪孽深重令我所思。
有时我也会突然冒出这样的想法:“啊,我想得到幸福”。
而想了许多之后,我确实地感觉到还是应该跟着主的脚步。
然后,我决心要逐渐使自己的行动能让神喜悦。
但我很担心这只是我一时冲动般的想法。
也担心会屈服于撒旦的诱惑。
因此如不鞭策自己的话即将落入深渊之中。
家庭礼拜时,即使爸妈不在,身为长女的我现在变得能够引领弟妹觉得很高兴。
本来从头就该如此,这才是真实的通例,我却过去都没有做才是奇怪的事。
(一九四九、三、十九)

【注】
【1】インツワア:ín-chhōa,台语“引领”之意。

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