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日本ニュース 戦后編 第129号

1948年(昭和23年)6月29日

[1]勝田炭鉱 爆発 福岡 01:15

06月18日午前8時40分、福岡県三菱勝田炭鉱の入口から2,100メートルあたりでガス爆発を起こし、死者62名、重軽傷8名の惨事を引き起こしました。原因は調査中ですが、保安設備の不完全からだと現場ではいっています。家族の人たちもあわただしく駆けつけました。この増炭の尊い犠牲者の合同慰霊祭は、5日目の23日、全山悲しみのうちに思い出の竪坑前で行われました。

[2]古橋、橋爪また新記録 四大学水上 01:09

第5回明治·立教·日大·関大の水泳大会は、6月20日、甲子園プールで挙行。400メーター自由形。期待された日大·古橋、力泳して大会新記録4分41秒で優勝。続いて1,500メーター自由形。日大·橋爪選手はスタートから好調、力強いストロークでばく進。最后のコースも力泳してゴールイン。19分14秒2、戦后世界最高記録を出しました。拍手を送る橋爪選手のおかあさん。

[3]学生ストに入る 東京<時の話題> 00:31

文教予算の増額、そのほかの要求で、大学·高等専門学校の関東地区23校が、6月23日、同盟休校に入りました。この日、東京大学では三つの学部が授業を受けず、いつも満員の大内教授の教室も閑散としていました。

[4]輸出工芸展 東京<時の話題> 00:31

輸出向け工芸品の展覧会が東京·上野の美術館で開かれています。蒔絵、陶器、時計などが人気を集めていますが、木版刷りの実演が特に人目をひきました。

[5]豚レース 北海道<時の話題> 00:32

近ごろはこうした催しがはやります。これは、6月15日、北海道富良野町での900メートル豚レース。ご本尊よりも付き添いのほうが目の色を変えています。

[6]-カメラ報告- 狩勝トンネルをゆく 北海道 01:33

石狩と十勝の境目、狩勝トンネルは、曲がりくねった1,000分の25の急勾配を登る、明治42年開通の古いトンネルです。中のレンガが崩れたり地下水が流れ出したりしているうえ、通風が悪くて煙がこもり、乗務員が窒息するというので乗るのを断ったことから、最近問題になってきました。この調査のため、6月17日、運輸省衛生試験室、北海道大学、そのほかの調査団80余名が汽車に乗り込みました。

天井が低いため、煤煙と130度の熱気で乗務員は苦しくてやりきれないと言います。

調査団は最も苦しい仕事をする機関助手の血液検査などを行いましたが、この科学調査の結果は、組合と当局との争いに大きな影響を与えるので、きわめて注目されています。

[7]“やめろ”“やめない” 西尾副総理 02:22

06月22日、西尾[末広]氏問題について不当財産委員会の結論。

<不当財産委員会委員長>

西尾君の問題については、土建業者から受け取ったカネを、正式なる届け出でなくして、選挙に際しこれを政界の一部に散布した事実は、政界を腐敗せしめる因となるということを本委員会は認める。

この委員会の決定に反対の野次が飛び、農民党中野[四郎]氏かんかんになっています。

<中野氏>

…用のない者がなにゆえ委員会に来てそういう暴言を吐くか。何のためにそういう暴言を吐くんだ。この者に退場を命じろ。…この野郎め当の西尾氏は素知らぬ顔。一方、民自党の大野[伴睦]氏はあくまで西尾氏不信任案を通すつもり。

<大野氏>

かなり今の見通しでは、はなはだ僅少ではあるけれども、かならず不信任案は通過するものと確信いたしておるのであります。

吉田[茂]総裁は珍しくにっこりしましたが、芦田[均]首相は足元に火がついたようです。社会党では、なんとか丸く収めようと、片山[哲]委員長まで出て西尾氏に離職を勧めましたが、当の西尾氏はどこまでも強行。24日、ついに不信任案が上程。中野氏鋭く退陣を迫りました。

<中野氏>

そう決意して、ぜんせいの手続き中である。かかる人物が国務大臣の地位にあることは断じて許すことはできない。

しかし不信任案はわずかの差で否決。西尾氏はまた内閣に腰を据えることになりました。

<議長>

事務総長よりご報告いたさせます。

<事務総長>

投票総数387、可とするもの白票178、否とするもの青票209。

[8]日本ニュース号外 02:07

北陸大震災第一報

丸子·下岡·泉·安藤·中村特派員撮影震源地は九頭竜川(くずりゅうがわ)下流付近。福井市を中心として、坂井、吉田、足羽の3郡をほとんど全滅させた大地震は、6月28日午后5時14分に起こったのでしたが、翌朝にいたるまで福井市街は燃え続けました。

道路にはいたるところ亀裂を生じました。福井駅付近では列車転覆。7階建ての大和百貨店の被害だけを見ても、この地震のものすごさがわかります。最も死傷者を多く出した国際劇場の跡。人々は今なお絶え間ない余震におののいています。

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