日本ニュース 戦后編 第94号
1947年(昭和22年)10月28日
[1]新米の供出はじまる 02:07
10月22日、もみにもんだ新しいお米の値段が決まり、西尾官房長官から次のように発表されました。
<西尾官房長官>
「政府は昭和22年度産米の買い上げ価格を慎重に審議した結果、1石当たり中身1700円、俵代加重平均50円、1750円に決定しました」
<秋田県仙北郡>
取り入れの秋、秋田県仙北郡は7月、8月、9月と3回にわたって水をかぶり、押し寄せた玉川の大砂利小砂利の間から稲穂が細々と顔を出しています。
<群馬県邑楽郡>
さらに群馬県邑楽郡は利根と渡良瀬川の水にはさみ打ちとなり、いまだに稲は水の下になっています。しかし、これでも乾かせばいくらかの収穫になるというので、農民は最后の努力を続けています。
<新潟県北蒲原郡>
早場米の本場、新潟県北蒲原郡では、早くも新米供出に真新しい俵がどんどん積み込まれ、東京への発送が始められました。
[2]木戸被告をさらに追及 -東京裁判- 00:38
秋風の訪れとともに法廷MPの装いも変わりました。しかし審理は木戸段階に入っていよいよ好調。被告の綴った日記を中心にキーナン検事の鋭い追及が行なわれています。
被告席の鈴木、板垣両被告がなにやらひそひそやっています。
[3]ラグビー 慶大11-3立大<スポーツ> 01:08
関東大学、慶応対立教のラグビーは10月17日、東京日吉の慶応グラウンドで挙行。雨降りのため、グラウンドには水たまり多く、最悪のコンディションで両軍泥まみれ。慶応、出足鋭く強引に攻めたて、前半6対0と引き離しました。后半、立教立て直すかと見えましたが、慶応また押し返し、泥んこのユニホームは見分けもつかなくなりました。
18分ルーズからの球を慶応渡辺押さえ込んでトライ。コンバートなり、結局11対3で慶応の勝ちとなりました。試合が終わって両軍の選手はまったくの泥人形。
[4]世界漫遊機到着 東京<時の話題> 00:44
大型機がずらりと並んでいる東京羽田飛行場に、10月19日、100馬力の小型機で世界漫遊中のエヴァン氏とトルーマン両氏が相次いで着陸しました。23番目の着陸地を示す日の丸が鮮やかに描かれています。
[5]木刻まつり 茨城<時の話題> 00:41
茨城県の久慈郡大子町で10月19日、中国の文豪、故魯迅氏の11周年を記念して木刻まつりが開かれ、中国代表団の徐[逸樵]顧問やその道の大家が訪れました。おばさんたちも版画をやっています。この町からこの民衆芸術運動を巻き起こそうという意気込みで、中国の民衆的な版画に並んで町の人たちの作品も陳列されています。シャキブン作「魯迅」、北岡[文雄]氏作「昼食を待つ子供」。
[6]国鉄労組全国大会 東京<時の話題> 00:26
国鉄労働組合臨時全国大会は10月16日から4日間、東京神田の日大講堂で開催。新基本給を中心に大会劈頭からもめぬき議場混乱、ついに斎藤議長は流会と宣言してしまいました。
[7]島原おいらん道中 京都 01:10
10月17日、有名な京都島原のおいらん道中が行われました。今年は徳川時代から年代順の衣装が用いられましたが、遊廓へ売られた婦人が昔からどのように扱われてきたかをまざまざと物語っています。これを見物するために50円の入場料が徴収されました。竹矢来の外から入場料を払えない人々が見物しています。遊廓が撤廃されたはずのこれが現代。
[8]亡命十五年 大山郁夫氏帰る 横浜 01:05
軍国政府の圧迫に耐えかねてアメリカに亡命して15年、大山郁夫氏は夫人同伴、10月23日夜11時過ぎ、横浜に上陸しました。
<大山郁夫>
「上陸第一歩で私がいちばん感じたことは、日本の大衆ですね。ことに青年諸君が非常な精力的な元気な顔を見せてくれたことで、これほどうれしいことはないと思うんです」
当時の労農党の同志、島上、山花両氏をはじめ出迎えの人々に取り巻かれて、ひとまず宿舎の横浜市長公舎に向かいました。
