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日本ニュース 戦后編 第66号

1947年(昭和22年)4月15日

[1]政界の大物ぞくぞく追放 01:54

選挙を前に、4月04日、公職追放者の第1次発表が行なわれました。この日の民主党本部。

<民主党副幹事長 田中伊三次氏>

「公職追放のね、それが今ちょうど内閣で発令しました。主だった顔ぶれを言うとね、最高委員楢橋渡君、これは該当と決定をして発表しました。犬養最高委員、河合厚生大臣、石黒幹事長は大丈夫」

ところが、政府は中央審査委員会の決定によってさらに次々と該当者を発表。その打撃がいちばん大きい民主党では、今、大丈夫と言われたばかりの最高委員犬養健氏をはじめ、幹事長石黒武重氏、電話をかけていたご本人の田中伊三次氏も追放。極端な国家主義者と決定された楢橋渡氏追放の感想。

<楢橋渡>

「いやしくも私のごとく前国務大臣をなし内閣書記官長をなした者に対して、一回の弁明の機会も与えることなくして突如として処断したことは、あたかもヒットラーのときにおけるナチの裁判よりも暴虐なものであると私は信ずるのであります」

なお、さらに追放をうわさされる人のうちには、石橋大蔵大臣、河合厚生大臣、平塚前運輸大臣があり、社会党·中村高一氏も問題になっています。

一方この嵐をよそに、追放決定の責任者吉田首相は、今ご自身の選挙戦におおわらわという形です。

[2]中等野球決勝戦 兵庫甲子園<スポーツ> 00:28

04月07日、全国選抜中等野球優勝戦、徳島商業·小倉中学、1対1の延長戦、第13回表、徳島一挙2点をあげ、3対1で徳島商業が優勝しました。

[3]-拳闘-笹崎対高津 東京后楽園<スポーツ> 00:52

04月05日の東京后楽園スタジアム、メインイベント、笹崎·高津の熱戦。高津左右のフックで肉薄すれば笹崎ストレートで応酬。第5ラウンド2分25秒、笹崎の右のストレート決まって高津ついにノックダウン。

[4]世界労連代表歓迎大会 東京<時の話題> 00:42

04月05日、運輸省でルイ·サイヤン氏ら世界労連代表と労働組合の懇談会が開かれ、代表はわが国の労働戦線の統一を強調しました。

04日には宮城前で15万の勤労者が歓迎国民大会を開き全世界の労働者との団結を誓いました。

[5]“文化”区長 新居格さん 東京<時の話題> 00:17

この度の選挙でみごと東京杉並区長に当選した街の評論家·新居格氏、さっそく街頭に乗り出しました。

[6]暴力で選挙妨害 栃木<時の話題> 00:27

04月06日、栃木県桑村で選挙演説中の共産党衆議員候補松本三益氏は凶漢に襲われ重傷を負いました。検事局では証拠不十分として発表を避けていますが、共産党では野蛮な選挙妨害だと抗議しました。

[7]アメリカ陸軍記念日 東京<時の話題> 00:33

04月07日のアメリカ陸軍記念日を前にして、5日、宮城前広場でアメリカ婦人部隊の分列行進が行なわれました。記念日当日には第八軍司令官アイケルバーカー中将のもとに在京部隊の閲兵式。

[8]今週の東京裁判 00:37

04月09日、東京裁判の法廷には巣鴨に拘禁中の元比島方面参謀長和知鷹二が出廷、満州事変前后の軍部の陰謀事件について証言を行ないました。

一方、近く尋問をうけることになっている石原莞爾元中将は山形県で病気療養中です。

[9]-カメラ訪問-あなたは何故棄権したの? 02:38

04月選挙のトップを切って、5日わが国初めての県知事·市区町村長の選挙が全国一斉に行なわれました。ところが、この選挙には投票しなかった人が意外に多く都会では5割にもなっています。なぜ棄権したか。日本ニュースは棄権者のカメラ訪問を試みました。まず棄権防止を強調しながら自分は投票しなかった植原内務大臣。

<記者>

「植原さん、どうしてあなたは棄権したんですか」

<植原内務大臣>

「1票の投票に対する責任も非常に重いけれども、全国の選挙に対して責任を持つ僕とすればやむをえない。朝まで帰ってきてその日に投票するということは不可能だったから、やむをえずこういう結果になったことは、これは国民がよく了解してくれるよ」

<記者>

「ありがとうございました」

選挙権があるかないかでもめていた皇族方のお一人、賀陽宮様。

<記者>

「問題になってました皇族方の選挙権はどうなったんですか」

<賀陽宮恒憲王>

「宮内庁の方針としてこのことにふれるなということであります」

<記者>

「そうでございますか。ありがとうございました」

選挙権を関西に置いたまま東京に出演中の宝塚ガールたち。

<記者>

「春日野さん、きょうの選挙の投票ですけれども、なさいましたでしょうか」

<春日野八千代>

「はあ、せっかく婦人参政権を与えられながら、今度はこちらへ来てしまったもので」

<記者>

「大阪でございましたならばね」

<春日野八千代>

「はあ」

朝から晩まで1日中生活に追われている人々の多い東京上野のテント村。

<記者>

「選挙のことについてどういうふうにお考えになっていますか」

<テント村住人>

「そりゃもう、今は自分の生活がこういうような状態ですから、選挙ということよりか自分の生活のことだけしか考えてないです」

戦災者のアパート。

<記者>

「おばさん、選挙行きました?」

<戦災者アパートの婦人>

「あのね、せっかくでしたけどね、わからないから行きませんでしたわ」

<記者>

「あ、そうですか。どうも」

また買い出し客もほとんど全部棄権したものと思われ、食糧の遅配、欠配が選挙運動の各種の制限とともに棄権の原因として問題になっています。

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