日本ニュース 戦后編 第64号
1947年(昭和22年)4月01日
[1]解散を前にもめる議会 01:22
中選挙区単記制で押す与党側とこれに反対の野党側と3月24日の委員会はついに乱闘騒ぎ。
<[岩本]委員長>
「議事進行について椎熊三郎君より発言を求められておりますから、それを許します」
<委員会議員>
「議長!発言はないじゃないか」
(委員会議場紛糾)
しかし、3月27日夜の状態ではどうやら中選挙区2名連記で妥協しそうな形勢となってきました。
また、進歩党の新党運動は、3月23日芦田氏の自由党脱党から急速に発展、犬養氏は満々たる自信のほどを示しました。
<記者>
「この新党を結成された場合にですね、何名ぐらいの議員を選挙によってここへ送り込むことができるでしょうか」
<犬養健>
「時代の潮にのっているから、選挙技術がうまくいけば200名以上、それが十分でなければ180何名、そういうようなところだと思いますが、まだ詳しくわかりません」
<記者>
「そうですか。どうもありがとうございました」
<犬養健>
「いやいや」
[2]全国選挙だより 01:19
各地とも選挙戦はいよいよ活気づいてきました。
<新潟>
春とはいえまだ雪の深い新潟の農村でも演説会が始まりました。
<長野>
長野県上田市では各政党の立ち会い演説会へ農家の人たちも続々詰めかけています。
<神戸>
神戸では先生の立候補に学生が演説で応援しています。
<久留米>
02月02日以来ストライキをやっていた久留米のアサヒ連合は3月19日争議解決。喜んだ組合員たちは一人残らず選挙に投票しようと宣伝を始めました。
[3]世界労連代表工場を視察 00:35
来朝中の世界労働組合連盟代表サイヤン団長以下の一行は、3月25日、東京芝浦電気堀川工場を訪ねました。
(世界労連代表工場視察風景)
[4]今週の東京裁判 00:30
03月21日、市ヶ谷の法廷には片倉元少将が証人として出廷、板垣被告のもとに関東軍参謀であった満州事変当時の事情について長々と反証を行ないました。法廷は3月26日から1週間休廷となりました。
[5]春の中山競馬開く 01:02
03月21日から始まった春の中山競馬第2日目、第3競走2600メートル障害レース。一着はコロナ、2着シンサン、3着アキツシマとなりました。
(競馬障害レース風景)
[6]新選挙権をどう使う? 01:55
選挙を前にまだ続々海外から引き揚げてくる人たちがあります。今度の選挙ではこの人たちにも選挙権があるのですが、帰ったばかりで関心が薄いといわれています。そこで3月11日、東京上野の引き揚げ寮へ、自由党·杉田馨子さん、共産党·柄沢とし子さんが訪れました。
<氏名不明>
「それでは、みなさんに申し上げます。きょうはお話があるはずでありますから、どうぞよろしく」
<杉田馨子>
「ご承知のように、新しい憲法が5月から実施されますので、この憲法の精神に基づきまして総選挙が行なわれることになっております」
<柄沢とし子>
「そういうね、そういう働く者たちの立場に立って、何にもない貧乏人の立場に立ってね、まじめに政治をやる人をたくさん議会へ送らなければならないんです。ね」
<寮の住人>
「それはそう」
<柄沢とし子>
「それはそうなんですよ」
また今度は、秩父、高松、三笠、そのほかの皇族方にも選挙権があることになりましたが、これについての三笠宮のご感想。
<三笠宮>
「宮内庁からまだ何にもその話がありませんね。私としては、皇族はいわゆる陛下が中立的なですね、政治的にはお立場だから、非常に身近な皇族が選挙運動の中にあまり巻き込まれないほうがですね、いいんじゃないかと思っておるんですが。それでまた、選挙権をもし法律で与えられるとなれば、今度はそれを棄権するのもまた…」
