日本ニュース 戦后編 第32号
1946年(昭和21年)8月22日
[1]全日本水泳選手権大会<夏のスポーツ> 00:49
(宝塚プール)
終戦后初めての全国水泳選手権大会が、8月08日、9日宝塚プールで行われました。
100メートル平泳ぎ。かつての名選手小池[禮三]君優勝。
100メートル自由形決勝、一斉にスタート。各選手、しぶきを上げて猛烈な競り合い。第4コース、立教の太田[光雄]、やや出ました。
ゴール前の5メートル。太田、そのままゴールイン。記録1分2秒2。
[2]全国中等学校野球大会<夏のスポーツ> 00:41
(西宮球場)
08月15日、大阪西宮球場。4年ぶりに復活した全国中等野球大会は、優勝旗の返還、選手代表の宣誓の后、大会旗を掲揚。かくて午前9時半、この日の第1試合、京都二中対成田中学の熱戦の火ぶたが切られました。
0対0のまま最終回に入り、9回の裏、京都二中の攻撃。ランナー1塁。このとき金森、殊勲の三塁打を左翼越しに放ち、貴重な1点を獲得。1対0で京都二中に凱歌が上がりました。
[3]重大化した失業問題 02:05
軍需補償の打ち切り決定とともに失業問題はようやく重大化してきました。政府の計算によっても、現在失業して生活に苦しんでいる者はおよそ400万人に達すると言われ、軍需補償打ち切りにより、さらに100万、民間の計算によれば、年末までに失業者1000万に達するとさえ言われています。
これに対し、労働者側の失業絶対反対の叫びもようやく高くなり、労働関係調整法反対を合わせて各地で反対デモが行われました。国鉄では7万5000の馘首問題を俎上に、8月12日、青年部臨時大会の議論沸騰。
「民主国家建設の立場で女性の解放が唱えられている今日、私たち女性から働く権利を奪うということは、私たち女性を解放しないと政府が言明しているも同じであると考えます。」
「同志的団結力によって、あらゆる暴力、あらゆる弾圧を粉砕して、断固、戦闘をもってこの勝利を獲得するつもりである。」
「そうだ!」(拍手)
<船舶運営会 柳瀬理事長>
同じ日、約4万の失業に直面した海運組合の代表は、船舶運営会柳瀬理事長に絶対反対の強硬談判。
「…等船員に対しては、現に実施しております次の条項に該当する方々を整理する方針でもって継続したく。」
「あなた方もともに道づれとして死にます!」
「そうだ!」(拍手)
「自分らの都合のいいときには、1000円とか2000円とかいう誇大なる広告をなして駆り集めて、その用が済んだったならば、もう用がないから首だと、あなた方はそんな非人道的なことを、あえて公言なさるんですか。」
「…はそれでどうするんだ!」
[4]満州帝国の正体 溥儀元皇帝出廷 -東京裁判 00:50
<溥儀元皇帝>
元満州帝国皇帝溥儀氏、東京裁判の証人台に立つ。敗戦とともに泡のように消え去った満州帝国の元皇帝ヘンリー溥儀氏は、その后、ソビエトに抑留されていましたが、16日、ついに一証人として東京裁判の法廷に立つに至りました。
かつて王道楽土、満州帝国の皇帝として、日満の文武百官がひれ伏す神聖な祭壇に祭り上げられた彼。その皇帝は、単に日本軍閥の操り人形にすぎなかったのではないか。
<板垣被告>
果然、溥儀氏は当時関東軍参謀の板垣被告に脅迫されて皇帝になったと証言。ニセ国家満州国の正体を暴露しました。
[5]伏見宮博恭王 薨去 -東京<時の話題> 00:35
ご病気中の伏見宮博恭王殿下は8月16日朝、品川の三条公邸で薨去。天皇陛下はご訃報とともに同日伏見宮邸に行幸、永のお別れをされました。
伏見宮殿下はかつて軍令部総長として支那事変中、作戦の枢機に当たられた方です。
[6]はるばる日本で母子の対面 -東京<時の話題> 00:26
アメリカの婦人将校アルファ·アダムスさんは、出征以来会わなかった息子さんに珍しく東京で2年ぶりに対面できました。息子のジョンさんは当年18歳。お母さんと一緒に兵隊になりたくて、年の若いのに、たって志願。はるばるテキサス州からやってきた青年飛行士だそうです。
[7]花火のコンクール -岐阜<時の話題> 00:21
平和を喜ぶ夜空の競演。08月10日、岐阜長良川で終戦后初めての全国花火大会が開かれました。各地からはせ参じた花火師数十名が、八寸玉、二尺玉と秘術を尽くす花火コンクールだそうです。
[8]新版“武士の商法” -東京<時の話題> 00:33
東京は渋谷のバラック百貨店の一角。小間物などを並べ、客応対も素人くさい、ごま塩頭の老人があります。これがなんとノモンハンで勇名をとどろかした荻洲立兵中将閣下です。
<客の女性2人>
「..これいいですか。」
<荻洲>
「ああ、いいですよ。色もよし。」
<客の女性2人>
「これ、いただく?」
「いいえ。」
「おいくらでしょうか。」
<荻洲>
「さあ、いくらかな。」
<店の女性>
「これは10円です。」
民主主義の世の中に変わって、老将軍の新版「武士の商法」というところです。
[9]何を求める? 戦災孤児たち<時の話題> 02:15
どろどろの着物と真っ黒な垢にまみれて、焼け跡の町を野良犬のようにさまよっていた戦災孤児たち。その一人、イガラシヤストモ君は「日本ニュース」に映ったのをお父さんお母さんが発見。今度、天下晴れて富山のご両親の元に帰りました。
あのときのゆがんだ表情に比べて、この朗らかな顔。しかし、こうした幸運な子どもたちはほんの少しです。そのほかの孤児たちはどうしているでしょうか。
社会党の山崎道子代議士は、このほど東京板橋の養育院を訪れました。ここには今、トラホームがはやっています。
「ああ、そういうふうにやるの、だめ。いじっちゃだめよ。いじると、うつるの。」
久しぶりに聞く、お母さんのような優しい言葉。それに相撲場やらプールやら、施設も最近よくなって、ここの子どもたちは、やっと以前の無邪気さを取り戻したようです。
(プールで水遊びをする子どもたち)
しかし、問題はそれで解決ついたでしょうか。食事は班長になった子どもがほかの者よりたくさん食べられます。
(子どもが歌う『純情二重奏』·「森の青葉の蔭に来て..」以下1番)
みんなが元気に遊んでいるとき、いつも誰かを待っているように門の外ばかり眺めている子。仲間から外れて一人しょんぼりしている子。どんなに元気そうに見えても、この子どもたちはまだ満たされない何かを求めているのです。それを与えてくれるのは、誰でしょうか。
