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日本ニュース 戦后編 第22号

1946年(昭和21年)6月13日

[1]波紋をえがく問題の“食糧休校” 02:52

食糧危機はいよいよ深刻となり、文部省は長期休校を考慮。子どもの教育上大きな問題となるに至りました。06月06日、東京四谷第六国民学校では、児童の討論会を開催。

「…をいたします」

「どうして休校をするのに反対をするのですか」

「税金が使われるからです」

「そして、食糧がなくなったらどうするんですか」

「食糧がなければ、学校を休むほかはありません」

「僕は1食や2食ならば学校に来ますけれど、3日も4日も米が来なかったら、うちで自習していたほうがいいと思います」

「みんな、水が水がと、がぶがぶ飲んでいて、お腹がぶくぶくしてしょうがありません」

「休校反対を防ぐにはどうすればよいのでしょうか」

「まず食糧を配給してくれればいいんです」

「でも、その食糧を配給してくれない場合はどうするのですか」

「食糧があれば、絶対休校は反対です。僕はどうしても休校はしたくありません」

「僕も休校は反対です」

「本当に皆さんは休校は反対ですか」

「そうです!」

子どもは学校が好きです。学校でみんなと一緒に飛んだり跳ねたりしたい。休校したからといって、子どもはじっとしてはいません。放りっぱなしになった子どもたちの教育はどうなるか。子どもを堕落させてはならない。これが子を持つ親の、教える先生たちの深刻な叫びであります。

06月01日、宮城前広場で開かれた全国教員組合大会でも休校絶対反対が、ここに参加した児童たちと先生たちの強い叫びとなって決議されました。かくて休校問題をめぐる文部省の態度はすこぶる注目されるに至りました。

「…学問も何もできません。日本の再建もできなければ、大きくなることもできないのであります」

「欠食児童の救済。学童給食の即時実施。危機突破資金として本人を含む家族100円の支給」

「皆さん、本日の大会をもって、この徹底再開を(聞き取り不能)必ず、必ず貫徹して(聞き取り不能)したいものに思います!」

[2]キーナン検事 峻烈に陳述 -東京裁判 01:00

西はドイツのニュールンベルク、東は日本の東京。全世界がかたずをのんで見守っている国際法廷、東京裁判は6月04日午前9時半再開。この日はキーナン主席検事の独り舞台で、歴史的な劈頭陳述が行われました。この日からすべての席にイヤーホンが取り付けられ、キーナン検事の英語はそのまま日本語となって人々の耳に流れ込みました。

<キーナン検事>

「被告たちは文明に対して宣戦布告をした。文明を破滅の一歩手前まで押し進めた被告たちが罰せられずして、いかなる正義があるか。この侵略戦争によって莫大な人の命が犠牲となったのだ」

正味3時間に及ぶキーナン主席検事の熱弁、被告たちの耳にどう響いたでしょうか。

(キーナン氏の演説)

[3]日本ではじめての女刑務所長さん -和歌山<時の話題> 00:29

日本で初めての女の刑務所長さんが生まれました。和歌山刑務所長三田庸子さんがこの話題の主で、社会教育課から一躍抜擢されて、このいかめしいお役目につきました。刑務所の民主化が不徹底だといわれている今日、愛情婦人と呼ばれる三田さんの優しい努力が人権の尊重にどれだけ生かされるでしょうか。

<三田庸子さん>

[4]戦災者におくりもの -広島<時の話題> 00:30

戦災者への政府の措置が掛け声ばかりで一向にはかどらないとき、広島で頼もしい2つの話。1つは寝具奉公会でやっている布団作り。ぼろ布とくず繭から綿を作り、日に1000組の布団を送り出しています。もう一つはベニヤ板の会社で、呉や福山では政府の打つ手を待ちきれないとばかりに、ここで出来たベニヤ板で、今、戦災者用の宿舎がどしどし造られております。

[5]川をきれいに -東京<時の話題> 00:48

間近に迫った夏の悪疫流行を防止するために東京都で呼びかけている清浄化運動は、今度趣向を変えて、「美しき帝都」のリズムに乗った音楽船をあちらの川、こちらの堀に繰り出しました。

(音楽船を見る町の人々の様子)

川も町も楽隊の宣伝だけに任せておかず、失業者の手を借りるなりして、何とか早くきれいにしたいものであります。

[6]生産管理 是か非か 02:35

吉田内閣は、労働者の争議手段として生産管理を認めないという態度を明らかにしました。

(杉中化成工場の場合)

資本家側では、この政府の弾圧方針に応ずるように生産管理を打ち破る戦術に出てきました。東京目黒の杉中化成工場では、従業員が生産管理中なのに重役は会社を解散。工場を閉めて機械に封印してしまいました。それで失業しそうになった従業員は、社長宅まで押しかけて不法をなじりましたが、会社側は寮にいる従業員のお米まで抑えてしまうという始末でした。

(加藤製鋼工場の場合)

鉄道の車の軸受を作っている加藤製鋼所の場合、この工場(こうば)では、今、従業員だけで生産を続けています。この生産管理は、資本家側が赤字を理由に工場を閉鎖しようとしたので起こりました。社長も重役も、最初から工場の経営を続ける気がなかったということです。

社長はウサギのように寝ていても、そのままストック資材の値上がりでもうかるかもしれないが、それではこちらが日干しになるといって従業員は生産管理に入りました。

(経営協議会)

「本日の協議会におきまして、大体皆さんのお話はまとまりました。その結果、6月期の生産が70トンの目的完遂のために、格段のご努力をお願いします」

この生産管理の体験から、労働者はどんな結論を得たでしょうか。

「政府の生産管理反対に対しまして、皆さん、どんなふうにお考えになりますか」

「全面的に反対です。あくまでも(聞き取り不能)する場合には、ストライキをやるしかほかにないです」

「皆さんにストライキをやられてしまいますと、生産が停滞いたしまして、インフレを助長するということになると思います」

「それはそうです。その場合、我々は全然責任ないと思います。この場合の責任は、現在の反動内閣及びそれを支持している資本側に全面的にあると思います」

「ですから、早く現在の反動的な内閣を打倒しましてね、本当に民主的な内閣を作らない限り、この問題は解決しないと思うんです」

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