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日本ニュース 戦後編 第20号

1946年(昭和21年)5月30日

[1]飢えた人民に天皇御放送 02:15

5月24日正午、天皇陛下は飢えに迫られた国民に対してラジオ放送を行われました。

<アナウンサー>

「ただいまより、食糧事情に関する天皇陛下のお言葉でございます」

<天皇>

「祖国再建の第一歩は、国民生活、とりわけ食生活の安定にある。都市における食糧事情はいまだ例を見ないほど窮迫し、その状況は深く心を痛ましめるものがある。同胞互いに助け合ってこの窮況を切り抜けなければならない。この際に当たって、国民が家族国家のうるわしい伝統に生き、祖国再建の道をふみ進むことを切望し、かつこれを期待する」

ご放送を聞いた人たちの感想。

「ご感想をお願いいたします。」

「ただいまの放送、大変期待していましたけれども、別に変わった点もありませんし、あれによって食糧事情がそう我々の期待しているほど良くなるとも考えられません」

「政治的な意味から言えば非常に大きな問題でありますけども、それによって食糧問題が解決できるとは到底考えられません。むしろ、ああいった言葉だけでなく、実行が最も重大なことだと思います」

<社会党 加藤静枝>

「ご放送を承りまして、私は少なからぬ失望を感じました。あの、乏しきを分かち合い苦難に打ち耐えよ、と仰せられたんでございますけれども、飢餓を訴えている国民にとっては、もう分け合うにも分け合うものがないんでございます。それで、苦難に打ち耐えよ、というお言葉は、座して餓死せよ、というお言葉にも聞こえまして、私は大変悲しく思いました」

[2]欠配に救いの手 01:18

吉田新内閣が発足しても食糧事情の前途は依然暗く、飢えに迫られた東京都民たちは非常米の管理をめぐって足立区では区長に抗議し、また世田谷区では例のお詫び言状取り消しを要求するなど、まさに人民の声は悲痛なものになってきました。

「そうでなくちゃいけない。」

「いや、それはね…」

「今日だって、(聞き取り困難)をしてやってくださいよ。我々は我々でともにみんなで長期間、(聞き取り困難)やっているじゃないですか」

これに対し、当面の食糧危機を切り抜けるため、アメリカ軍の小麦粉5万6000石余りが配給されることになり、空腹を抱えて明日の米に悩む都民をほっとさせました。

この小麦粉は欠配の一番ひどい地区から配給され、長い列をつくる都民の顔にも何か明るいものが感じられます。

昨日まで雑草をゆでていたお鍋の中で、さて今日はどんなお料理ができるでしょうか。

[3]満州から引揚民 佐世保 (投書者)兵庫 東郷芳雄さん 外三名<みなさんの声> 00:43

「満州から帰る人たちの引き揚げ状況を」という投書にお答えします。

佐世保はかつて海軍旗のもとにいばりかえっていた海軍町でした。その佐世保へ5月11日朝、Q====== 日本ニュース 第081号 ======が満州引き揚げ民を乗せて入港しました。この人たちは軍国主義者によって悲惨な境遇に陥れられた、最も気の毒な犠牲者です。これに対する政府の施策はきわめて不十分であると言われています。みんなで何とかして救いの手を差し伸べようではありませんか。

[4]お薬の用意はよいか 大阪 (投書者)沼津 大村勝さん <みなさんの声> 00:26

夏を控えてコレラやチフスなど悪疫に流行されては大変です。各方面ではこの敵を攻撃する武器、お薬の製造がようやく盛んになってきて、大阪武田製薬でも、注射薬、消毒薬と大車輪です。しかし、お薬より確実な武器は、国民誰もが清潔第一にすること。まず手近なところから、病菌撃滅の戦いを始めましょう。

[5]鯛 鯛 鯛 広島·鞆の浦 (投書者)東京 岩佐作一さん <みなさんの声> 00:22

広島県鞆の浦。ここでは毎年4月下旬から5月いっぱい、海上が紅に染まるというくらい桜鯛が獲れます。今年も横島·田島の沖合いでは、びっくりするほど獲れました。ところがさて、このお魚がいったい誰の口に入るのか。行く先は、どうぞ鯛にお聞き下さい。

[6]吉田内閣発足 民主戦線も攻勢へ 02:08

外務大臣吉田茂氏は、22日ついに組閣を完了。ここに吉田内閣は発足しました。新内閣の顔ぶれは、自由党から6名、進歩党から4名、官僚から4名という保守政党官僚の抱き合い内閣。

幣原、吉田両党首も今日はにっこりとご機嫌です。これより先、5月20日食糧メーデー代表は官邸に徹夜して、反動吉田内閣絶対反対を声明。

「…特権階級、大資本家の台所の即時公開。そして反動政府絶対反対。民主人民戦線の即時結成。一切の食糧の人民管理と民主管理としての確立。右、要求する」

これに対して吉田新首相は外相官邸で組閣工作に粘り、問題の農林大臣は東畑精一氏から那須皓氏、これが資格問題で岩田[宙造]法相とともにだめになると、湯川東京都次長から結局、和田[博雄]農政局長に落ち着き、吉田新首相は22日やっと就任第一声を発しました。

<吉田茂>

「時局はまことに重大を極め、ことに食糧問題の速やかなる打開は、我が国民再生の鍵であり、一瞬の遷延すら許しません。」

一方、これに対して民主人民戦線も急速に伸び、22日の促進会では労働代表より熱烈な意見の発表がありました。

「そこで、そんなために民主戦線の結成が遅れていると言えると思うんです。だから社会党、共産党を中心にして、労働組合とか農民組合とか文化団体を交ぜて、一日も早く民主戦線を堅く結成するということ。それが国民の本当の声だと思うんです。」

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