叶盛吉日记>19460103
1月3日(木)
昙
七时顷起きた、割合つめたい朝だ。
朝早く起きてよく动く农家にいつもお客さん然とかまへていさゝか心苦しい
雪深き东北の农村よ!
朝食すませて、皆めいめい衣裳とゝのへて、筑馆へシヤシンをとりに、おぢんちゃんは余の荷物をつけて、信ーちゃんと先に、余とおばんちゃんと信子さんはあとから、无口な信子ちゃん、上品なおばんちゃん、道は雪も大してとけて居ず步きよかった。
余と(世)せ中のリユックにはおばんちゃんについていただいた大豆、クルミ入のもちと、大豆のいったもの、それになつかしき父への土产のクルミ、干柿がは入って居た。
右手に真白に雪いただける栗驹【1】の姿をおばんちゃんがさしてくれた。
美しかった。
この田舍に几度来たことか、そしてもうすっかりなじんでしまった余にとって、道行きつゝ今は只故乡を去るに似た离别の情を感ずるのみ。
筑馆の户田シヤシン馆で五人してとる。
信子ちゃんに绵でつくったカワイゝ、ひよこ、にはとりをかった。
そして信子ちゃんはそれを……もって。
皆が驿で汽车を出るまで见送って吴れた。
皆でかはす挨拶も、信子ちゃんの深いおじきも、余の胸中は只名状しがたい气持だった。
汽笛と共に汽车は十一时二十分筑馆を去った。
见えなくなるまでおぢんちゃんと帽子をふりかはした。
……
濑峰で荷物を出し、仙台へ。
大高さんのところにリユックをあづけて、夕暮二高へすっかり烧けて、尝て我等が生徒大会をやった讲堂の壁が淋しく、废虚[墟]の中に残って居た。
次いで明善寮へ行く、何とあれはてたることよ、おぢんちゃん部屋、误[娱]乐部、寮史へんさん室、役员室すべてがらんとして居た。
斋[霁]风堂には何もなかった、雄大刚健旗も神棚も、今は大学の寮となった明善寮は名も霁风寮と变って居た。
食堂もあれはてゝ居た。
只かねが大鼓のかはりに自由の钟があった。
ゴーンゴーンと二つたゝいた。
余韵が名夕暮に一入哀愁をそへた。
一寮は谁も居なかった、只、石森さん、福田さん、山口さん、岩田さん、阿部さん、山本さんの名札がさびしくかゝって居た。
タゝミのない室もあった。
雀のとびこんで游[游]んで居る部屋もあった。
次いで二寮へ行く。
壁の乐书が哀愁をそゝる。
泪泷ノ如シ。
堀江齐太郎
仙台一中
皇纪二六〇五年11月十余日
分散ノ日
先辈诸兄此ノ泪ヲ解サバ何ゾコノ书ヲ消スを得ン哉。
二寮音痴泪の咆哮
吾绝对移转反对ス
然レドモ如何トモスべカラズ
我が无力二泣ク。
悲
断
别れをつげて、吉田の家に行って见るも不在、木村さんのところによって台湾にかへる旨、别れを告げる。
食粮の必ぱく【2】はこゝに冷い。
气の毒だ。
番町を真暗の中に、はいきよを拔けて、大高さんのところにかへる。
トリンケンして色々だべる。
学问は一生の仕事、余はRomantistとしてけつぽらん!
とまる
朝
昼
夜
志3
おにぎり1ヶ
大高2
カズノコ
クルミ
タラ
汁
ゴマ入
イカヤサイ
オシンコ
マメ
トリンケン
干カキ
3.50
12.60
.40
16.50
2.00
¥18.50
1月3日(四)
阴
七时左右起床,算是比较冷的早晨。
在早起工作的农家却一直只是当个客人,觉得有些歉疚,这积雪甚深的东北农村啊!
吃完早餐,大家认真地整理好服装,去筑馆拍纪念照。
叔叔帮我拿行李,信ー走在前面,我和阿姨还有信子跟在后面,沉默不语的信子、优雅的阿姨,路上雪还没融化很多所以很好走。
在我的背包中有阿姨为我们做的大豆、核桃麻糬、炒大豆,还有要带给怀念的父亲柿干与核桃等伴手礼。
阿姨指给我看右手边白雪覆盖的栗驹山。
真美。
对于来到这个乡村好几次,已经很融入这里的我而言,走在路上,只感到一种将要远离故乡的离情依依。
到筑馆的户田照相馆拍下五人的纪念照。
我买给信子用棉花做的可爱小鸡和大鸡。
然后信子就拿着……。
大家在车站为我送行,直到火车驶离。
大家挥着手,还有信子的深深鞠躬,在我心中满溢着无以名状的澎湃情感。
火车响着汽笛声在十一时二十分离开筑馆。
叔叔挥着帽子直到看不见火车为止。
……
在濑峰领行李,前往仙台。
把包包寄放在大高那里,傍晚前往被夕阳笼罩的二高,我们开过学生大会的讲堂墙壁是那么寂寥地处在废墟之中。
接着前往明善舍,似乎一切都荒废了。
舍监叔叔房间、娱乐部、舍史编纂室、干部室都空荡荡。
霁风堂什么都没有,“雄大刚健”旗帜与神坛,现在都变成大学宿舍,明善舍也改名霁风舍。
食堂也满目疮痍。
只有钟鼓从大鼓换成自由之钟。
锵锵地敲了两声。
余韵在向晚时分更引人哀愁。
一舍空无一人,只剩下石森、福田、山口、岩田、阿部、山本的名牌还寂寥地挂在那里。
也有些房间连榻榻米都没了。
成为麻雀都飞进来玩的空房间。
接着到二舍。
墙上乱写的东西也挑起我的愁绪。
泪如泉涌。
堀江齐太郎
仙台一中
皇纪二六〇五年11月十余日
分别之日
学长诸兄懂得我为何流泪又如何,此书不得清除。
二舍音痴泪的咆哮
我坚决反对移转
但我却无能为力
这是我无力的哭泣。
悲
断
告别学校,到吉田家看看,他不在,去木村那里告诉他我要回台湾了,向他告别。
食粮吃紧,这里又冷。
真是可怜。
番町在一片黑暗中,穿过一片废墟,回到大高家。
喝酒聊了很多。
学问是一生的事业,我决定要做一个浪漫主义者努力到底!
在此过夜
早
午
晚
志3
饭团一个
大高2
鲱鱼卵
核桃
鳕鱼
汤
加芝麻
花枝、蔬菜
腌菜
豆子
酒
柿干
3.50
12.60
.40
16.50
2.00
¥18.50
【注】
【1】栗驹:栗驹山(くりこまやま),为横跨秋田、岩手、宫城三县的火山,标高一千六百二十六公尺。
山名的由来据传乃宫城县栗原地区的农民,以山上的残雪呈现马的形状,做为播种的指标而来。
(JapanKnowledge,《日本大百科全书(ニッポニカ)》,栗驹山,2019.7.20阅览,http://japanknowledge.com)
【2】必ぱく:应为“逼迫”之误。
意思是短缺、吃紧、不足等。
