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日本ニュース 第261号

1945年(昭和20年)11月22日

[1]天皇陛下 皇大神宮御親拝 01:00

かしこくも天皇陛下には、終戦のご報告ならびに新生日本再建の前途御祈念のため、伊勢の両神宮をはじめ畝傍、桃山の両御陵に親しく御参拝あそばさるべく、11月12日東京を御発輦(はつれん)、関西御巡幸の途につかせられました。13日御潔斎の御后、内宮行在所御発、皇祖の御前に御参進、御親拝あらせられました。

[2]敗戦陸海軍の地下作戦室 01:38

長野県埴科郡屋代町の郊外。ここに昨年10月ごろから総工費6千万円を投じて膨大な地下工事が始められました。これは戦争の終局まで閉められていた大本営の地下作戦指揮所であります。この工事は皮肉にも終戦直前に完成を見ました。トンネルの総延長10キロ、壕の広さ約600坪。厚さ8寸のペトンで固められ、毎日7千人の朝鮮人労務者、および付近村民が動員されたと言われております。

既に昭和14年に立案され、昭和16年大東亜戦争勃発前にほぼ完成していたと言われる海軍軍令部の地下壕。この地下壕は海軍省を基点としてその延長1キロ、地下3階からなっております。本年初め、補強工作の結果、250キロから500キロ爆弾に耐えられると言われます。国民が不完全な待避壕の中で空襲におののいているとき、軍首脳は公費と資材と労力を惜しまず、かかる膨大な作戦室を作っていたのでした。

[3]松村農相農村視察<時の話題> 00:42

食糧危機打開の鍵である供出の促進を図るため、松村農林大臣は11月07日千葉県に赴き、取り入れに忙殺される農民とひざを交えて懇談いたしました。

[4]農民組合結成 準備委<時の話題> 00:32

11月03日、東京蔵前工業会館に全国の農民組合指導者約5百余名が集まり、日本農民組合全国懇談会を開催。急速に全農民を結集し、組合結成の活動にうつるべき取り決めを行いました。

[5]四大財閥解体<時の話題> 00:24

三井、三菱、安田、住友の四大財閥がマッカーサー司令部の指令により、11月06日解体を命ぜられました。70年に渡り日本経済界を独占壟断(ろうだん)しきたった四大財閥はここに姿を消し、経済民主化の第一歩が踏み出されたのであります。

[6]全国戦災者大会<時の話題> 00:46

全国戦災者同盟では11月04日上野公園広場に第1回大会を開催いたしました。終わって、戦災者総決起の歌を高唱しつつ、マッカーサー司令部ならびに首相官邸に向かい、デモ行進を行いました。

[7]解放運動の犠牲者を悼む 02:22

日本共産党他11団体共同主催のもとに、11月07日東京神田の共立講堂において人民解放運動犠牲者の追悼会が催されました。獄死または運動半ばにして倒れた、これら多数の犠牲者が同志によってその偉業をたたえられたのであります。

<登壇者>

「…イマイ、ソネ、ヨシムラ、キタジマ。甘粕事件、大杉栄、伊藤野枝、橘宗一…」

同大会において共産党代表徳田球一氏は、次のごとき演説を行いました。

<共産党代表 徳田球一氏>

「天皇の倉には米がうなっている。また軍国主義者、将校の倉にも米はうなっているのだ。我々は平時に食わすべきものを、終戦のときに彼等(かれら)の倉に運び込んでおることは諸君の知る通りである。また資本家の倉にも米および日常必需品はうなっておる。彼等(かれら)は戦争終結のときに労働者を阿呆ばらいして、労働者の使うべき日常必需品はもちろんのこと、米その他の資材を彼等(かれら)の懐に3か月もしくは6か月分を持っていることは、よく知られているところである。また、大地主の倉にも米はうなっているのだ。我々はこの米を即時自分の手に管理しなければならない。かくすることによってのみ、初めて我々は飢えをしのぐことができるのである。我々の手に米が管理されることによって初めて我々は自分自身で自分の飢えをしのぐ道を発見するであろう。」

[8]超満員の買い出し列車<悩みの種> 01:05

足の悩み、いつ解決されるでしょう。このごろの汽車や電車に乗ることは、それこそ決死の難行苦行。電車や汽車に乗るだけで大きな労働だと、通勤者のひとりがぼやいていました。

[9]食物求めてヤミ市へ<悩みの種> 01:32

何か食い物はないか。食糧から食糧へとあさり歩いて、01日を終わる人々がどこの街角にも増えていきます。食糧のヤミ市に行けば小さな握り飯2個で5円、ふかし芋が5、6切れ5円、パンが1個7円と、とにかく今日01日の飢えだけはしのげますが。

[10]進駐軍ロデオ大会 01:16

進駐軍事業部主催のロデオ大会が11月11日の日曜日、秋晴れの明治神宮野球場で開催されました。会場を埋め尽くした5万余のアメリカ軍将兵は、入場式に盛んな拍手を送ります。心から01日を楽しむアメリカ軍将兵の生活は、軍閥が全ての自由を奪ってきた日本兵士の軍隊生活と、何という違いでありましょう。

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