叶盛吉日记>19450525
05月25日
(快晴
up7.00
to
午后生理学の实习はさぼって、冷冻リンゴを买って曹先生のところを问ひしも不在だった。
电车のこんでゴミゴミしたる。
近顷あまり出步かないにこしたことはあるまい。
冷冻リンゴ皆大いにくふ。
もっともこの调子ではゲルトは续かない。
所感!!
あわただしい高校二年の生活を苛烈なる战局下に终へて自分は赤门をくぐった。
半年以上の动员更に真を求め深きをつきつめて行く真剑な生活はあったにもせよ。
高校の生活は学问の点に欠くるところが多かった。
战局は苛烈である。
しかし急スピードの授业が续けられることは嬉しい。
医学は实に深い学问である。
解剖实习もやった。
每日の充实した讲义が自分を满足させる。
ものすごい空袭もまのあたりに见、そしてまた寮生活をはじめた。
生活は急变した。
しかし仲々充实した01日01日を送れることが实に嬉しい。
性格も变りつゝある。
少くとも“より人间的”でありたい。
铃木のひねくれたといった气持が察せられるやうにもなった。
うんと出来る内に勉强して置きたい、全ては实力である。
レツテルでもなければ地位でもない。
すべての生活は勉学そして实力をつけることに集中すべきだ。
我々は互に助け合はねばならぬ。
组织を持つことは极めて必要である。
个よりは全の力を发挥出来るやうに。
东京は气候よくそして暖い。
最近また语学に力を入れだした。
より人间的にならう。
战争は理念に差[左]右されるのではなく、实に战ひつゝある人々の手にある。
ドイツの伟大なる战训は何を语るか。
あゝ暖く、そして暑くなり蚊も出た。
岚の前の静けさである。
Ⓑ*林宗义大兄より[人体解剖实习]【2】西、借用20.5.15午前中
*先生より[Chap-HangKoon-Kian[Cha̍p-HāngKóan-kiàn]]をかりる(20.5.18.p.708.)●佐藤兄に小解剖学图フ【3】
●台高生とはなす、
●中目兄に手纸
●中山、黄、曹、冷トウリンゴ、
食
温
朝
1(なし)
16.
昼
1(コンブ
カレヒにざかな)
夜
外1(メンチボール二ヶ)
外1(デンブ、ゴボウ)
20.
1(大豆
ニマメ)冷冻リンゴ
七圆
¥95.05
リンゴ
7.00
电车
.50
メシ
1.40
¥86.15
05月25日
(晴朗
7:00起床
下午翘掉生理学,买了冷冻苹果到曹老师那里,他不在。
电车很挤,实在很烦。
最近不要常常出门比较好。
大家大吃着冷冻苹果。
再这样下去恐怕金钱上将坐吃山空。
所感!!
高校二年慌乱的生活在苛烈的战局下结束,我终于来到了(东大的)赤门。
虽说半年以上的动员是更加追求务实的认真生活。
但回顾高校生活,学问方面不足之处甚多。
战局如此激烈。
但上课的节奏一直如此迅速令人欣喜。
医学真是一门很深的学问。
做解剖实习。
每天充实的课程使我很满足。
亲眼见到激烈的空袭,且再度展开宿舍生活。
生活发生了巨变。
但能够这样过着充实的每一天还是令人欣喜。
性格也逐渐改变。
至少希望“更有人性”。
也更能体会铃木有些别扭的性格。
可能的范围内就先好好努力,一切靠实力。
不为了标签也不为了地位。
生活的一切必须专注于学习,以及培养实力。
我们必须互助。
建立组织极为必要。
为了比单打独斗更能完全发挥力量。
东京气候好又温暖。
最近也开始努力学语言。
要更有人性。
战争不是被理念所左右,而操之在每一个从事战斗的人们手上。
德国伟大的战争教训告诉我们什么。
啊,真温暖,变热了就会开始有蚊子了。
这是暴风雨前的宁静。
Ⓑ*向林宗义兄借用“人体解剖实习”西老师,20.5.15上午
*向老师借《十项管见》(20.5.18.p.708.)●向佐藤兄借小解剖学图
●与台高生谈话
●写信给中目兄
●与中山、黄、曹吃冷冻苹果
食
温
早
1(无)
16.
午
1(海带
炖鲽鱼)
晚
外1(两颗绞肉丸)
外1(鱼肉饼、牛蒡)
20.
1(大豆
煮豆)冷冻苹果
七圆
¥95.05
苹果
7.00
电车
.50
饭钱
1.40
¥86.15
【注】
【1】记主于05月25日后之栏外记录杂项篇幅较多,为方便读者阅读,将之移至本书末,请参照《叶盛吉日记(六)》,588-616页。
【2】人体解剖实习:西成甫、浦良治着,《人体解剖实习》,(东京:南江堂,1940)
【3】小解剖学图フ:西成甫着,《小解剖学图谱》(东京:金原商店,1828)
