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吴新荣日记>19450419

昨夕、黄庚申君が息子が归った为めに、山羊を杀したと云ふので招待されたから、徐清吉、吴天梓两君と一绪に行った。
山羊肉はおいしかったが、路は恶かったことに闭口したが、幸に月の光が壕の危险信号をして下れた。
夜路に时局を语りながら东の方を眺めると、今日、爆击を受けた西港の台拓仓库が尚盛んに燃えてゐた。
夕方、苏新、徐清吉、郭维藩、黄腾诸氏と广田朝一君の初孙12日祝の招待宴に临んだ。
途中、将军に归り、亲父と会って大道【公】塭の爆击状况を视察した。
几ら物量に依存しても盲爆に[で]は何らの战果にならないことだ。
昨晚,黄庚申君的儿子回家了,宰了一只山羊招待友人,以示庆祝。
我与徐清吉、吴天梓两君同行赴会。
山羊肉美味可口,但恶劣的路况真叫人吃不消。
幸而靠着月光,还可避过壕沟的危险。
在夜路边谈时局边眺望东方,今天被炸的台拓【1】仓库还在燃烧中。
傍晚,和苏新君、徐清吉、郭维藩、黄腾诸友人同去参加广田朝一君的长孙出生12日的庆祝招待宴。
途中,回将军见父亲,一起到大道公塭巡视被炸后的状况。
战争尽管靠物资的量,但盲目轰炸能有什么战果呢?

【注】
【1】台拓:即台湾拓殖株式会社(1936-1946),是台湾总督府配合中央政府南进政策,而成立的殖民国策公司。
由官民合办,总资本额达三千万,主要经营本岛、华南与南洋的拓殖事业。
台拓在岛内除土地开发经营外,亦投资矿业、工业公司,特别对本岛边陲产业开发进行的空间布局,促进台湾加速工业化。

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