吴新荣日记>19441029
昨夜、高柳敏雄、苏新、北川荣一、黄内金诸君が月见をするとて小雅园に来访した。
清い光と凉しい风の下、知らず识らずの间に今朝の二时半迄、世情万端を语り续けた。
寿坤は昨日、长荣中学の配属将校を案内して大道【公】塭へ行った。
往诊用の自转车に乘って行って、今朝になっても归って来ないのでいささか困った。
それで几分か暇が出来たので、昨夜の睡眠不足を补ふために久し振りに午睡が出来た。
この二、03日では一年の柴を贮へる为めに柴架を修缮し、葡萄を这はす为めに株棚を立て改った。
四、五百个の炼瓦が残ってゐるし、一袋の石灰もあったので、药局の前に破片避を造へることにした。
こんなゆったりとした气持で私生活を[に]ひたす[る]ことが出来るのは最近にないことである。
战争が济んだら、遭难した寿山の墓碑を次の样に建てたいと思ってゐる。
正面
经济学士吴寿山之墓
右面
昭和十九年02月10日
左面
遭难于花莲港外海
后面
将军
建立者氏名
昨夜,高柳敏雄、苏新,北川荣一、黄内金等想要赏月,到小雅园来了。
皎洁月光,凉风习习,谈些万般世情,不知不觉已是凌晨两点半了。
寿坤昨天招待了长荣中学的配属军官到大道公塭去玩,骑走了我往诊用的脚踏车,到今晨还没回来,带给我一些不方便。
也因此而有了闲暇,为了补足昨夜的睡眠不足,难得睡了个午觉。
这两三天,为了贮存一年用的柴薪,把存放架修好;
为了葡萄藤的伸展,修好株棚。
还有以前剩下的四、五百个砖块,和一袋石灰,就利用这些,在药局前做了一到安全墙。
能够以这样悠哉的心情浸淫于自己的生活,是最近所没有过的。
如果战争结束,想为寿山建个墓碑。
碑上刻:
正面
经济学士吴寿山之墓
右面
昭和十九年02月10日
左面
遇难于花莲港外海
后面
将军
建立者姓名
