叶盛吉日记>19440921
09月21日(木)
酸が出なかったり、绝水のおそれがあったりして仕事はのんびりしたもの、夜中は相当に寒い。
朝方远くの灯火を明の明星と间违へた。
以下是同01日的另一篇日记
09月21日
星期四【2】
09月21日(木)
午前中は暗幕をすっかり下して轰沈。
ひる顷日何ぼって、午后また轰沈。
夕暮の空は非常によかった。
入日さす山の肌、藏王は美しく、夕风何时になく肌寒い。
今日は珍らしくも全员九名出席せり。
午前中は仕迂をやる。
气温低下と一缶の分量の减少により、殆んど分解せず、极めてし易かった。
午后からは酸が出ない为に仕迂中止、只运搬のみやる。
工场の干部连の非;
①‘最近眼に着くのは工场の指导者たる干部连の无能である。
かゝる连中の衰弱、映画、文学、其他すべてかゝる瘤ともなるべき人间が未だに多くのさぼって居る以上は日本のそれもだんだん衰弱の一路をたどるであらう。
まことに真の意味で国を忧ふるかのは工员であらう。
彼等が夜勤に于て仕事のないときは眼、或は工场を休み休养とゆとりを求むるは决して、一概に时局を认识……すべではなからう。
岛田工长は冷酷な人间だ。
自分は主任室でねて、工员には绝对ねるなと云ふ。
而も夜中には职场を二回まはるべきなのに一回もまはらうとはしない。
それは工员とてもやるべき事はやっての话なのであるから充分の理解を以てやるべきである。
形式と体裁にとらはれて、无意味に工员を疲れさすは唯一の目标たる增产に悖るのである。
免角爱国なる言叶の极端に强调されるの余り日曜日に休むとか、ゆとりを求めるとが一种の罪恶であり、时局非认识であると思はれて来た。
日曜日等は仕事に区切をつけ、だらだらにならないやうに、あるは极めて必要である。
时局柄とて日曜日返纳を叫ぶ奴は马鹿で现に官庁で休日なしの恶弊が显着とあらはれてゐる。
工员は休みを得んとすれば、四六时中紧张する事が时局认识である(そのくせ、自分はその逆であるが)と误信し、それを以て工员におしつけ、自分の指挥恶きによる工员のFightさう失をも工员の时局不认识として叱る。
それは实に卑怯で爱国者といふ阴にかくれて自己……してゐる。
即ち积极的に工员をどうにかして快适にFightを出して动き得るやう工夫せんとする努力を惜んで、一切を国を思ふ、时局认识なる言叶で以て押しつけ、施设や指导の不备、拙劣による工员のFightLossをも工员の时局认识欠如として非难する。
真によく工员を知るものの云う事にあらず。
之は特に干部の犯し易き弊害にして、余が寮の干事たりしときも痛感したるところなり。
即ち寮の沉滞を专ら寮生の寮生活への不没入、寮に对する气持の薄弱に归せしめて、干事としての寮の运营上の多くの欠点をべん解せんとするところ多かった。
しかし寮生活は其れ自体が修养の一课程とも见なし得るから、かゝる事はかへって寮生を锻へる结果にもならうが、生活そのものが课程とか锻练とかでない、工场のやうなところに于ては明かに间违ってゐる。
最初のうちは爱国、时局认识、决战なる言叶に压倒されて、工场の条件不备によるFightLossとは知りつゝも、自己のたいまんと叱られ……を得なかったのであるが此の事は皆も大いにぬさ……干部の随眼の牙城は直转直下にぐらつき始めたのである。
勿论我々は资材の点を考えて、施说の完备でなくてはならぬとは云はないが、もっと努力すればもっと仕事がし易くなるものを他人に勤勉を强调する怠慢なる干部连は敢て何等の努力をしないのである。
工员をして安心して动けるやうに、最大の努力をして居るといふ姿を我々は干部に见出し度い。
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09月21日(四)
因酸液不足,或怕停水,所以也没什么工作。
晚上相当冷。
早上将远方的灯火看做明亮的星星。
以下是同01日的另一篇日记
09月21日(四)
上午天空就整个暗下来,我睡着了。
白天都在发呆,下午又睡着了。
黄昏的天空非常美。
即将下山的太阳照着山峦、藏王真美丽。
晚风不知何时已经带着寒意。
今天难得全员九名全部出席。
上午做装填作业。
因气温下降与一罐的分量减少,今天几乎都没有分解,非常好做。
下午因为没有酸液而停止装填、只做搬运。
工厂干部们的错误;
①‘最近所注意到的都是干部群作为工厂指导者的无能。
这些人的颓废,只要还有许多电影、文学,或其他会长瘤的人存在,日本只会一路渐渐衰退下去。
真正忧国的只有工员们。
他们在晚间没有工作做的时候,让眼睛,或是工厂休息以求休养生息与更多个人空间,绝不是一概只以认识时局……不是……的方法。
岛田工头是个冷酷的人。
自己在主任室睡觉,却叫工员绝对不准睡。
且深夜应该巡视工作场地两次,却一次都没有巡。
以工员来说该做的事已经做好了,那就应该施予充分的理解才行。
局限于形式与体裁,毫无意义地让工员疲累,那就违背了唯一的目标——增产。
总之,极端强调“爱国”这个词语之余,就连星期日休假,或是追求一点闲暇都被视为一种罪恶,或是被认为对时局认识不清。
其实为了替工作做明确的分段,避免做事拖拖拉拉,星期日的存在是极为必要的。
在这样的时局下,喊著「缴回星期日”的家伙是愚蠢的。
现在公家机关没有休假的弊害日渐显著。
误以为要使工员得不到休假,全天候处于紧张状态才是认识时局(尽管如此,自己却反其道而行),强迫工员接受那些观念,并将自己指挥不当,造成工员丧失斗志,归罪于工员对时局认识不清而责骂。
其实是卑鄙地将自己藏身于“爱国者”这个保护伞下……。
也就是说,他们并不积极往如何让工员能够顺利发挥他们干劲的方向去努力,一切都以“为了国家”或“认识时局”这些话强压在他们身上,明明是设备与指导的不完善与拙劣所导致的缺乏干劲,也当作他们对时局缺乏认识而予以指责。
这不是一个真正了解工员的人该说的话。
且尤其是干部易犯的错误、也是我担任宿舍干事时所深刻感受到的。
也就是宿舍的不振却归咎于学生不融入宿舍生活,对宿舍的归属感薄弱,对干事经营宿舍生活上的诸多缺失也多所辩解。
但宿舍生活本身也可以视为修养课程之一,这样的事情也能够达到锻炼宿舍生的结果。
生活本身并无法形成课程或锻炼,但工厂的做法明显错误。
一开始就被爱国、时局认识、决战这些用语压倒,明知因工厂的条件不足而导致工员缺乏干劲,却被骂成像是自己的怠慢……不得不如此使大家都失去干劲……干部的场域却急转直下产生动摇。
当然我们考虑到资材问题,不会强说设施非完备不可,但只要再努力一点,工作就能更顺利,那些只会强调他人努力的怠慢干部却都不在这方面作加强。
我们希望能看到干部为了让工员能够安心工作而付出最大努力的样子。
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【注】
【1】本日记主于生活笔记有记载新闻摘要与工场生活状况等。
(参见《叶盛吉日记(五)》,页450)
【2】从本日开始为1944年09月至12月日记之内容,09月21日重复记载。
