叶盛吉日记>19440904
09月4日(月)
昙
02日醉ならん、猛烈あたまがいたい。
增井教授と代って今日より玉虫【2】教授のお泊りだ。
①稻叶よりきけば昨日午前二时吉田のmutterがなくなり、昨夜は小野寺さんの壮行会があったさうな、世の样子も知らぬ间に随分变わったものだ。
朝っぱらから雨、こんなときは本当に嫌だ。
今周は早番だ。
朝礼时の训辞、昨夜は欠勤者多し。
お盆で祖先を祈る事はよいが、国败れて何の祖先ぞと云うた。
绵药运ぱんをやるが、本当にじめじめとねかって不快だ。
トムソン硝化场は湿气の为か瓦斯にてもうもうだ。
②岛田工长やらその下に奴は颚でんを使ふ感じの恶い横板な奴だ。
第一监督といふ存在が多すぎる。
余にさせれば、代表のみ置けばよい。
即ちあるグループまとまりをつける上に代表があるべきで事务所の中にひっくり返って居る监督の存在といふものがあまりにも多すぎるんだ。
それでは职工の苦しさもわからねば、ひっぱっても行けないと思ふ。
实际职工曰く、俺たちが休むと、上の奴は家でひっくり返ってうまいものでも食ってみると思って居るが、俺だって大和民族だ。
出られたら出るよ。
身体が续かないとの事なり。
日曜日のよく日になると二高生は猛衰烈弱する。
暴饮暴食で下痢するもの、02日醉いするもの、归って来ないもの等に多い。
女は三つの型に分れる。
母性型、女型、娼妇型、女学生【3】を见て分类す、母性型あり、男まさりした面をしたのもゐる。”
午后には迟番の铃木昨日の醉にもかゝはらず归って来た。
③夜各室长、班长等、添田【4】大佐来たるを以て、集り、くだらぬ恳谈をする、铃木の持って来たぶどうを食う。
こりもしないで。
疲れてぐっすりねたり。
★大高氏より
ハガキ
09月4日(一)
阴
宿醉的关系,头好痛。
今天起玉虫教授代替增井教授住在这里。
①稻叶说昨天凌晨两时吉田的母亲过世了,昨夜还有小野寺的送行会,这世界在不知不觉中风云变色了。
一早就下雨,在这时候真是讨厌。
这礼拜早班。
朝会时的训话提到昨夜缺席者较多。
盂兰盆节大家想祭祖是人之常情,但国家若灭亡了,还谈什么祖先呢?
今天搬火药棉,都湿湿黏黏的很不舒服。
汤姆森硝化场因为湿气很重,总是充满瓦斯烟雾弥漫。
②岛田工头和他的部下,似乎都是眼睛长在头顶的傲慢家伙。
第一监督太多了。
是我来做的话,只要有几个代表就好。
也就是既然都分组了,就要有代表,在事务所内翻转的监督们实在太多了。
我觉得他们既不知道工作人员的辛苦,也无法帮助他们。
实际上工人们说,我们一休息,上司们就回家去吃好吃的东西,我们也是大和民族。
可以的话也会挺身而出。
但身体撑不住。
星期日如果过得太好,二高生就会大衰弱。
暴饮暴食而拉肚子、宿醉、夜不归营的都不少。
女性可分为三型。
母性型、女孩型、娼妓型,看女学生来分类。
母性型中,有些长相感觉不让须眉。”
下午,下午班的铃木尽管昨天喝醉酒,还是回来了。
③晚间室长、班长等,因添田上校来而集合,做无聊的恳谈。
吃铃木带来的葡萄。
吃不腻。
很累,很快就睡沉了。
★大高寄来明信片
【注】
【1】本日记主于生活笔记有记载对民族与历史的思考。
(参见《叶盛吉日记(五)》,页446)
【2】玉虫:玉虫静,宫城县人,文学士。
在第二高等学校教授英语,曾于1943年担任文科二年二组的级任导师(指导教官)。
(第二高等学校编,《第二高等学校一览.自昭和十七年至昭和十八年》,页96)
【3】这里的女学生是指至船冈火药工厂劳动服务的大河原高等女学校的学生。
(〈学徒勤劳日志
第一海军火药厂昭和20年〉,东北大学史料馆典藏,档号:PR2016-06644)
【4】添田:添田孚,日本岩手县人,在第二高等学校任配属将校及体操科主任。
