日本ニュース 第218号
1944年(昭和19年)08月03日
[1]戦勢熾烈 中部太平洋戦線 03:31
護国の血潮にサイパンの島を紅に染め、7月16日、我が軍は全員壮烈な戦死を遂げた。敵軍は有力なる艦隊を中部太平洋に浮かべ、7月21日早朝、大宮島に上陸。さらに7月23日、テニヤン島にも上陸した。戦いは敵地にあらず。まさに皇土において戦われている。敵はその機動部隊を駆使し、敵はその優勢なる空軍力に頼り、太平洋に点在する我が島嶼(とうしょ)に間断なき攻撃を加えつつある。この時、常在戦場の一語を思う。しかし、この一語はいたずらに口にすべきではない。あらゆる困苦を忍び、身に一物を余さずとも、あくまで戦い抜くのだ。あたかもここに見る、中部太平洋基地の我が将兵のごとく。
戦いに休みはない。敵の攻撃たるや間断なし。これを迎えて、我が勇士にも休みなし。緊張から緊張へ。張り詰めた時の連続。整備員から搭乗員へ。翼を守って将兵は戦い、その翼を駆って(かって)敵にぶつかり、激しい戦闘にきのうもきょうも明け暮れる。これが現代の戦いである。この激しく困難な戦いに打ち克(か)ってこそ、聖戦の大目的は達成され、アジア十億の民の真の幸福は生まれるのだ。
敵の量を頼む侵攻は01日01日と、急速に熾烈(しれつ)となってきた。敵の意図は明らかだ。鉄量で一切を解決せんとしているのだ。鉄量には我もまた鉄量をもって当たるべし。生産を持って当たるべし。必勝の気迫、既に我にあり。戦いに勝つの気は、自ずからここに定まる。しかし、さればとて戦いを安易に考えてはならぬ。落としても、落としても敵は来る。ここに見る実況に、基地将兵の苦闘をしのぶ。敵の空よりする攻撃がいかに苛烈(かれつ)なるものか。敵編隊群の爆撃がいかに猛烈なるものか。
太平洋に、インド洋に、米英のアジア侵略を我が必死に撃滅する時、重慶はひたすら支那(シナ)大陸をアメリカの植民地と化すために、盲目的な抗戦を続けている。これこそアジアの苦々しき悲劇である。その悲劇の1つの焦点、衡陽。蒋介石は衡陽の死守を命じたと伝えられる。重慶軍が衡陽を死守することはアジアの不幸である。この不幸を救うべく、我が戦車部隊は進撃した。敵の破壊した悪路の修復も成って、進撃した。
[2]衡陽攻略戦 03:34
衡陽攻略の我が地上部隊は、既にその攻略態勢成り、敵軍は袋のネズミと化した。この袋のネズミに我が航空部隊は必中弾を浴びせ、壊滅、殲滅(せんめつ)の時は刻々に迫る。今次大陸作戦により、敵航空基地はやむなく后退した。しかもなお、その蠢動(しゅんどう)は続く。太平洋に、大陸に、空の決戦。
