吴新荣日记>19440803
陆军病院で池田敏雄君を见舞
。
昨晚、奇珍宅に归ってから雨が降り出した。
凉しくなったのでよく眠れたが、今朝起きて见ると寒い程感じた。
それであはてゝ例の南方服をきて见たが、如何にせん袖がなくて弱った。
それにしても水潭君との约束を果さねばならないので雨の中で花园町に赴いた。
水潭宅でかねて约束してゐた吴尊贤君が来なかったので、水潭君と二人で陆军病院を访ねることにした。
然し、面会时间は午后でないといけないと云ふことがわかったので、又町に戻った。
时间があると云ふので本町で王柏青君を访ね、经济会で陈穿君を访ねた。
经济会には陈三吉氏、陈森荣君もをるので赈かであった。
やがて陈清晓に会ったので、一绪に昼饭に[を]摄らうとしたが、二、三个所搜してやうやくあった。
食后、清晓君と别れ、水潭君と二人で伡で陆军病院本院に入院している池田敏雄君を见舞した。
自分は携って行った玉兰の花を上げたが、池田君はとっても喜んだ。
入院以来こんな乐しい时间はなかったと、面会时间が过ぎても语りが尽きなかった。
第五部队の山碗队に入って台南に移动され、その间に脚气で倒れたが、今は元气になったとのことだ。
战争のこと、文化のこと、杂志のこと、友人のこと、实に吾々としても乐しい时间であった。
除队したら又会おうと别れを惜しみつゝ水潭君と病院を出た时は已に三时过ぎであった。
それで自分も郭君と别れて四时半のバスで佳里に归って来た。
佳里に归って来てから吴尊贤君に会ひ、今度向ふが见舞に行く时は饴玉でもかくして持って行く样に赖んだ。
晚には奉壮干事会のことや常会のことをきく为めに谢得宜君を访ねたら、エスペロと落花生を出して大部气烟[炎]を上げた。
到陆军医院探视池田敏雄君
。
昨晚回奇珍宅后,开始下雨,也变得凉快了,舒舒服服地睡了一夜。
早上醒过来后,甚至于有点寒意,穿上我的南方服,是短袖的,还是有点冷。
昨夜已约好了水潭君,只好冒雨到花园町水潭家,约好的吴尊贤竟没来。
就和水潭君同赴陆军医院,原来本院规定探病面会时间是下午开始,只好又回到街上,时间尚早,就到本町拜访王柏青【1】君后,到经济会拜访陈穿君。
陈三吉【2】氏和陈森荣君也在场,真是热闹。
离开后遇到了陈清晓君,要一起吃午饭,找了两三个地方,好不容易才找到。
饭后和清晓君道别,与水潭君坐人力车到陆军医院探视住院中的池田敏雄君,我带去的玉兰花献给他,他好高兴地说,住院以来从来没这么高兴过。
会面时间过了,还有很多话说不完。
他被派到第五部队山碗队【3】,移防台南,此时患了脚气病而病倒了,经治疗后,如今已复元。
一起谈战争,谈文化,谈杂志,谈友人,对我们而言,也是快乐的时间。
相约退伍后再相见,就告辞了。
和水潭君离开医院时已是三点多了。
和郭君道别,搭四点半巴士回佳里,到达后去见吴尊贤君,交代他下次要去探病时,别忘了偷偷带点糖果去。
晚上,到谢得宜君家,问奉壮会干事会及常会的情形,他端出艾斯培罗酒和花生,精神大振。
【注】
【1】王柏青:吴新荣就读东京医专的同期同学,台南市开业医师。
【2】陈三吉:台南县北门乡人,公学校毕业。
战前曾任北门庄长、北门庄役场书记、北门轻铁株式会社董事、嘉南大圳组合会议员、王爷港渔业组合长。
【3】山碗队:“山碗”为部队之代号。
