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日本ニュース 第210号

1944年(昭和19年)06月08日

[1]戦時食料増産 満州でも食糧増産(満州) 01:07

見渡す限りの豊かな平原。満州国の沃野(よくや)にトラクターが走る。馬スキが土を掘り返す。長い、厳しい冬も明けて、さてもあわただしく過ぎんとする春の時を惜しむ。すべてこれ、一粒でも多くの穂に至る、土への戦いの姿である。

急げ、種まき。日満相携えて戦うこの大いなる戦いに、食糧も相ともに戦い取ろうではないか。戦力をいや増すために。

[2]青森県五本木町の荒れ地200町歩を開墾する小中学生 02:37

満州国の民が雄大な平原を耕すなら、我は尺寸の荒れ地をも許すまじ。クワを打ち込もう。ここは青森県五本木の町近く、学童も、その親も、勤労奉仕に一つとなって、200町歩開墾(かいこん)への水田事業。かつてこの土地へクワを入れた人は、事業の困難さゆえに、いずれも力尽きて、むなしく荒れ地を眺めるのみであったという。しかし今や、一粒でも多く、そして一坪でも多く耕さねばならぬ。けだし、兵器の絶対的増産が、前線の戦いに伝わるとすれば、食糧の増産と確保こそは、その戦う力の基ではないか。五本木の町を中心に、人々は力を合わせ、豊かな十和田湖に目を付けて、石を掘り、溝をつけ、水枯れ知らぬ水田への懸命な作業が続けられてきた。

目に青葉。初夏の陽を楽しく受けて、5月27日、待ち望んだ(音声中断)式の日は訪れた。「よし、開け」。水門からとうとうとあふれ出る十和田湖の水は、流れ、流れて汗の奉仕の水田に道を取った。期待に満ちた人々の顔に見送られながら。

やがて植え付けも終わり、秋の気配の満つる時、戦力増強の稲の穂波が、ふさふさと200町歩の開墾地を埋めることであろう。

[3]食糧増産に空閑地を利用 02:06

内田農商大臣

<内田農商大臣:

今や戦いを続くること、ここに数年。食糧問題はますます重大化してきたのであります。すなわち、国民一同の活動が増せば増すだけ、そこに食糧を多量に供給しなければならないのであります。あえて食糧が欠乏をいたさなくても、国民の活動力が増せば増すだけ、食糧は多量に供給しなければならないのである。そこに私は、職務上、なんとかしてうんと国民に食べさせて、うんと働いていただきたいのであります。而(しこう)して、主要食糧の補給となり、蔬菜(そさい)の補充となるものはいろいろありますが、なかんづくカボチャのごときは最も面積を要せず、素人の手にかかりやすく、而して栄養に富み、最も実際に適応するのであります。>

内田農商大臣の声に応えて、空閑地利用は都会と言わず、山村と言わず、あらゆるところで行われねばならぬ。必ずしも米や麦に限ったことはない。カボチャで結構。野菜の一束でも自ら作ればよいのだ。世に、一坪園芸、公園農場と言われるものも、全国合わせてみれば18万5000町歩はまだ造れるという。誠に偉大なものではないか。

[4]増産に成功した広幅薄播式麦作 01:46

田畑を増やすとともに、質の改良も大切である。190万町歩の麦畑から、今年は2700万石突破を予想される穫(と)り入れを前にして、一反歩から20数俵。従来の4、5倍は確実という新しい栽培法の考案者、イトウ氏に聞く。

<イトウ:

これまでのように、播(ま)き幅を狭くいたしますると、利用できる耕地面積は極めてわずかなものになります。

従来の方式

土地を無駄なく使うためには、播き幅を広くするのであります。

廣幅薄播式

丈夫に育てるためには、種を薄播きにするのであります。このようにいたしますと、やがて一粒の麦は20本にも、30本にも分けつするのであります。この分けつこそ、増収の元でありまして、これが麦の本来の姿なんであります。種を薄播きにいたしましたことによりまして、麦は窮屈な思いをせずに、十分に日光を浴びて育つのであります。決して、今まで以上に肥料を施す必要はないのであります。また、素入れをしっかりやりまして、今までのような手の込んだ中打ちを必要としませんし、草取りも行わなくてもよいのでありますから、人手はむしろ少なくて済むのであります。>

[5]ニューギニア戦線 02:37

アドミラルチーに航空基地を設定して、アイタベ、ホーランディア、サテバ、トルガー河口、ビアク島へ、ニューギニア北岸を西に進むアメリカの野望、いよいよ急なるものがある。しかし、稀代の皇軍は、この敵を迎えて、よくこれを水際に圧迫し、まさに撃滅の態勢を敷く。ジャングルに覆われたニューギニアの未開地に、戦闘を続ける皇軍将兵。原住民も心から将兵になついて協力を惜しまず、地図もない奥地の偵察には、伝家の弓矢を取って道案内に一役かって出る。これは来るべき攻勢作戦になくてはならない、地形の的確な把握となって、大きな効果をもたらすでありましょう。

勇士たちは丸木橋を渡り、道なき道を分け入って、ただ反撃の準備のために、地味な忍苦の進撃を続ける。

西南太平洋方面に戦う勇士たちを最も悩ませたものは、数にものを言わせて跳梁(ちょうりょう)する敵の飛行機であった。敵機に対する勇士たちの憎しみは、どんなにも大きいものであったことか。この敵に、目にものを見せる高射砲が到着した。

ジャングルの悪路もものかは、ただ敵機撃墜の喜びにいっぱいで、この精巧な高射砲を備え付ける。不円滑な補給に加えて、ここは名にし負う悪疫瘴癘(しょうれい)の蛮地。不利な条件と、少ない兵力。しかし、ひたすらこの困苦欠乏に耐え忍んで、勇士たちは戦い続けた。今やまさに好機を捕らえ、皇軍の断固攻勢に転ずる時は近きにある。勇士たちはその日に備えて、黙々、任務に励んでいる。

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