日本ニュース 第203号
1944年(昭和19年)04月20日
[1]音羽侯英霊凱旋 01:06
去る02月、クェゼリン環礁守備部隊6500名の勇士とともに、尊き御身をもって南海の果てに散華させたもうた侯爵、音羽正彦少佐のご英霊は、04月12日、御父君朝香宮鳩彦王殿下、御兄君孚彦王殿下をはじめ奉り、軍代表参列して御迎え申し上げるうちを、○○空港に無言の凱旋(がいせん)を遊ばされました。
ご英霊は同期生ショウジ隊員に奉持(ほうじ)され、国民挙げて哀悼のうちに一路横須賀へと向かわせられました。
[2]比島答禮特派大使来朝 00:51
フィリピン共和国特派大使、アキノ国会議長一行は、04月17日、青木大東亜相、バルガス駐日大使ら、関係者多数の出迎えを受け、羽田飛行場に到着しました。
同特派大使一行は、フィリピン共和国独立に対する謝恩と、日比同盟条約締結に対する答礼のため、来朝したものです。
これを期として、両国の緊密不可分なる関係は、ますます固きを加えるものと信じられます。
[3]印度国民軍 陸續前線へ 01:47
インド国民軍、ついに宿望の祖国の土を踏む。
その感激も生々しい03月22日、前線においてボース最高指揮官は、アラカン作戦初の殊勲者、ミスラー少佐に対して、国民軍最高の栄誉、サンダー·E·ジャンの勲章を授与。
ついで、ボース首班は歴戦の勇士の一人一人に握手。
心からその労をねぎらう。
翻る三色旗。
生死を誓ったこの旗の下、歩武堂々の分列に移るインド国民軍の精鋭。
式場には日·緬·印同盟軍の誓いも固く、それぞれの代表参列して、その武勲を祈る。
インド国民軍は進軍する。
ボース首班の像、独立旗を押し立てて、新鋭部隊は続々前線への嶮路(けんろ)を進む。
既に印度国内に奮戦する同志の勝報は相次いで伝えられた。
戦場は近い。
足並みも軽く、新鋭部隊は一路祖国へ、インド国内へ。
[4]ニューギニア戦線 04:01
白雲をついて、突兀(とっこつ)と連なる西部ニューギニアの連山。
1万尺をはるかに超える峰々は、千古の雪をいただいて人跡未踏の静けさを守る。
だが、この山々をひとたび下れば、ジャングルが果てしなく続いて、瘴癘(しょうれい)の暗黒地帯を繰り広げる。
そしてこの山岳とこの密林。
これが日米決戦の地、ニューギニアの戦場を形づくる。
このジャングルの中にあって、とぼしさに耐え、困苦に打ち克ち、戦いの日々を送り迎える皇軍の勇士。
敵機の爆撃は、日ごとその熾烈(しれつ)の度を加え来たる。
しかし頑敵に対す我が将兵は、悠々迫らず。
敵軍、蠢動(しゅんどう)の報至る。
直ちに兵舎の前に集合。
部隊は命令一下、ジャングルのまっただ中へ飛び込んでいく。
泥沼に生い茂るマングローブが進軍を著しく阻む。
この瘴癘の地に戦う皇軍勇士にとって、最大の敵はまさにこのジャングルであった。
敵部隊、今は間近。
木の葉で全く擬装(ぎそう)した勇士は、泥沼に伏して進軍の機を窺(うかが)う。
南方第一線に奮闘を続ける皇軍将兵の尊い姿である。
