吴新荣日记>19440126
昨夕、子良庙の林泮先生を访ね、南华民族に就いて最近读んだ徐松石の著作を议论した。
さすがは史典の详细に明确なる先生であるから教えられる所が多かった。
先生は尚吴姓の起源に就いて吴太伯から吴季札迄の史实を语って下れた。
即ち吴太伯は政治上の争ひから梅里に逃れて南蛮を化育し、吴季札は同じ理由から延棱に逃れてその正义を立证した。
この吴姓の两圣祖は不思议にもその逃避的な行动は自分の今の气持とぴったり合ってゐる。
然し前者は吴を建国した人物であるし、后者は孔子を感叹せしためた人物であったが、自分の现在の逃避的な气持は却へ[っ]て自分の愚を增やすことにならないか。
林泮先生からの教へで吾々は创姓若しも[く]は改姓に就いて新しい见解を得た。
即ち周人である吴太伯は江南に逃れて吴を创めたから、彼は已に生れながら吴姓でない。
彼の唯一の功劳は周の文化から逃れて蛮地に彼の新天地を建设したことであるから、吴の始祖とすることは当然である。
然し彼の子孙は入墨迄して南蛮と杂居したから、吴姓は已に纯粹の黄帝汉族でない。
而も下り下りて现代になると、父萱草氏は谢家から吴家に入ったから、吾等は已に纯粹の吴姓子孙ではない。
かくなれば吾々は新姓を创始し、新民として生を享けることは当然と云ふべきである。
昨夕,拜访了子良庙的林泮先生,针对南华民族,谈论最近读过的徐松石【1】的著作。
林先生实不愧是详知历史典故的学者,受教良多。
先生更提起吴姓的起源,告诉我一些由吴太伯至吴季札的史实。
亦即吴太伯由政治斗争中,逃到梅里,在此教化南蛮人;
吴季札也以同样的原因,逃到延陵【2】,证明了他的正义。
不可思议的是,这两位吴姓圣祖的逃避的行动和现在的我的心境不谋而合。
只是前者是吴的建国人物,后者是让孔子感佩的人物;
而我现在的逃避心境,却只是徒增自己的愚昧而已。
由林泮先生的指教,我对创姓或者改姓有了新的看法。
周人吴太伯逃到江南,开创了吴姓,并非一出世就姓吴;
他唯一的功劳就是逃离周文化,在南蛮建立了他的新天地,故视之为吴姓的始祖是理所当然的。
而他的子孙不惜刺墨纹身,与南蛮杂居,所以吴姓已非纯种的黄帝汉族了。
延至现代,父亲萱草氏是由谢家入籍吴家的,所以我也非纯正的吴姓的子孙。
因此我当然可以创始新的姓氏,做为一个新民,以享此生。
【注】
【1】徐松石(1900-1999):广州市人。
上海沪江大学毕业。
曾任上海学生会书记、《真光杂志》总编辑、副总干事兼出版编辑主任、总干事。
事奉期间,召聚基督徒文字工作者,组成全国第一个基督教文社。
致力研究民族历史学。
著作有《新教育理论》、《华人发现美洲考》、《基督教与中国文化》等。
【2】延陵:春秋吴季札,号延陵,称延陵季子,是吴氏世系的来源。
