吴新荣日记>19440102
昨夕、荣梁と六人の子供(翠霞を加へて)を先发させたが、いざ自分が出る番になると空袭警报が下し[っ]た。
这々の态で戻って来て防空资材の点检をしたが、台南に着いた连中はどうであったかを心配し出した。
幸にまもなく警戒警报となり、やがて解除となったので、自分は五时のバスで台南へ行った。
岳母のご驰走になってから、黄奇珍兄に[を]访ねた。
奇珍兄の报告で意外にも王乌硈氏が毛昭癸兄の缘谈不调の原因を知悉してゐるのに警[惊]いた。
今朝起きてから荣梁と子供达が男部队と女部队に分けて町に游び【に】出た。
男部队は先づ黄百禄君を访ねて、そこで荣梁が眼科医に行くのを待った。
そこで茶果[果]をいたら[だ]いてから、台南神社と孔子庙等を参拜した。
教育博物馆へも行こうとしたが、今日は休馆であった。
それから黄奇珍兄を访ねたが、不在であった。
そこで又茶果[果]を受けてから林朝辉义兄を访ねた。
そこで昼食を受けてから二时半のバスで南河と翠霞だけ先に归って来た。
屏东へ行ってゐる雪金は明日台南に立ち寄り、南星と朱里を连れて归って来ることになってゐる。
尚荣梁は眼の治疗の为め、少らく南图と亚姫子と滞在することになってゐる。
昨夕,荣梁带六个孩子(加上翠霞)先出发到台南去。
等到我要出发时,竟发出了空袭警报。
只好赶快折回家检查一下防空器材,但心中挂虑着已到达台南的家小。
幸好不久改称警戒警报【1】,再不久就解除警报了。
于是搭五点的巴士出发往台南。
在岳母家吃过饭后去看黄奇珍兄。
据奇珍兄说,王乌硈氏已知道毛昭癸兄提亲不顺利的原因。
我至感惊讶。
今晨起床后,和荣梁、孩子们分成男女两队上街玩。
男队先到黄百禄君家拜访,然后在黄家等荣梁来会合要去看眼科医师。
吃了一些茶点后,一起去参拜台南神社【2】和孔子庙。
也想去教育博物馆,但今天却休馆。
接着到黄奇珍兄家拜访,他却不在家,在他家吃了些茶点后,就去拜访林朝辉内兄。
在林家吃过午餐就带南河和翠霞搭两点半的巴士先回佳里。
去屏东的雪金明天要回到台南,带南星和朱里回来。
荣梁为了治疗眼疾,暂时和南图、亚姬子留在台南。
【注】
【1】警戒警报:敌机接近时发出“警戒警报”,而实际上有空袭危机时发出“空袭警报”。
【2】台南神社:1920年建造于台南市南门町,1923年建成,供奉北白川宫能久亲王神位。
神社所在原为台南富豪吴汝祥宅邸。
为日治时代仅次于台湾神社(官币大社)之官币中社。
战后改建为忠烈祠,后再改建体育馆。
