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吴新荣日记>19431207

昨朝、皇民奉公会北门郡支会の委员会があった。
今日も01日职业の方は驮目になったなあと思って、その夕方台南へ行った。
台南には前日から行ってゐる荣梁と南图が待ってゐる筈だからだ。
五时半顷に着いたが、奇珍兄が招待すると云ふので妻子同伴で宗原宅を访ねた。
奇珍嫂がわざわざ安平迄【行って】、鱼を仕迂んで来たので鱼だけでもご驰走だった。
食后、奇珍兄も混ぜて共に宫古座へ行って“誓いの合唱”を见ようとしたが、荣梁の意见でエビス馆へ行って“护りの影”を见た。
たまには“ちゃんばら”もいい【の】だが、画片が古くて兴味を杀ぐばかりだ。
エビス馆から出てから岳母宅に归り、そこで奇珍兄と葡萄酒を饮んだ。
奇珍兄が归った后、寝ようとしたら荣梁は今日、月女氏に会ったことを云った。
それがきっかけになって家庭のことやその外のこと等を话したので、とうとう迟くなってから寝た。
今朝はゆっくり休んでから起き、朝食后、荣梁等と帝国商事へ行って奇珍兄と落合った。
それから一绪に厚姊を访ねたら厚姊はとっても喜んで荣梁等を迎へた。
そこで奇珍兄は、若しも相方が合意であれば厚姊の小叔と雪金の缘谈をまとめたいと提议した。
やがてそこを辞し白金町の宿を久し振りに访ねることになった。
途中、帝国商事会社の新营业所と天乐庄茶房の新营业所等を见た。
白金の宿を访ねる目的は黄母の病气见舞であったが、黄母は泣いて迎へて下れた。
やがてそこを辞して十二时のバスで归へらうとしたが迟れたので、とうとう荣梁等と二时半のバスで归佳した。
殆んど一昼夜も职场を离れて台南ヘ行ったことは稀であったが、黄母等を访ねて有意义な01日を过した。
昨朝,开皇民奉公会北门郡支会委员会。
今天看来一天的职业也泡汤了,傍晚就到台南去了。
因为前天就已回娘家的荣梁和南图应该在等我了。
五点半就到了,奇珍兄说要请客,就陪同妻子到宗原宅去。
奇珍嫂特地到安平买鲜鱼回来,光吃鱼就够满足了。
餐后,奇珍兄也加入,一同到宫古座想看电影“许愿的合唱”,但荣梁主张到艾比斯馆看“守护的影子”。
偶尔看刀光剑影的时代剧也不错,但片子老旧,把兴致都抹杀掉了。
回到岳母家,和奇珍兄喝葡萄酒。
奇珍兄回去后,想睡的时候,荣梁告诉我,她今天和月女见过面了。
由此事打开话题,谈到家庭和其他的事,谈到很晚才睡。
今朝睡饱后起床。
早餐后,和荣梁等一起到帝国商事和奇珍兄会合,一起去拜访厚姊,她很高兴地欢迎荣梁来到。
奇珍兄提议,如果双方合意,要把厚姊的小叔跟雪金撮合成对。
离开后,要到许久未去的白金町之宿去看看,途中看到了帝国商事会社新营业所和天乐庄茶房的新营业所。
访白金之宿的目的是去探黄母的病,黄母哭着出来迎接我们。
道别后,想搭十二点的巴士回佳里,但没赶上,只好坐下一班两点半的回佳里。
几乎花掉一昼夜时间,离开了职场到台南来,以前很少有过;
但今天去探望黄母,觉得很有意义。

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