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日本ニュース 第159号

1943年(昭和18年)6月23日

[1]皇后陛下行啓 光栄の銃后農村 01:46

皇后陛下には6月21日多摩御陵に御参拝の御后、東京府南多摩郡七生村に行啓あそばされ、銃后食料の増産に挺身(ていしん)する農村の姿を親しく御巡覧あそばされました。

一億総力を挙げて決戦のときにあたり、農民の責務はいよいよ重大を加えつつあり、今ありがたき御心を拝して一同は恐懼(きょうく)感激、一層の御奉公をお誓い申し上げたのであります。

次いで陛下には東京府拓務訓練所にならせられ男女訓練生の作業を親しくご視察あらせられました。

[2]秩父宮妃殿下 地方状況御視察 00:54

かしこくも銃后勤労女性の上に深き御仁慈をたれさせ給う皇后陛下のありがたき思し召しを奉じさせられ、秩父宮妃殿下には6月14日から3日間神奈川県下を御視察。16日富士フィルム足柄工場にお成り。写真材料の生産状況をつぶさに御視察あそばされました。

次いで妃殿下には足柄上郡吉田島村にお成りあそばされ、同村女子青年団の託児所を御巡視あそばされました。

[3]印度の志士ボース氏来朝 01:15

<字幕>

「印度独立に二十余年 血の抗争を続け 昭和十六年01月独逸に 亡命した 前印度国民会議派議長 チャンドラ·ボース氏は 祖国独立の機到る今日 日本の強力なる支援の下 活発なる独立運動を 展開すべく来朝しました」

<チャンドラ·ボース氏>

「印度と日本とは古代から文化の絆によって結ばれていましたが、英国の印度支配はこれを断ち切りました。然し、印度が独立した暁には日印関係は再び復活強化されるでりませう。東條首相の再度の声明は印度民衆に深い印象を与え、印度独立運動に大きな支援を与えた事を私は固く信じます。」

[4]第八十二臨時議会 04:33

6月16日第八十二臨時議会の劈頭(へきとう)、東條首相立って施政演説に入る。傍聴席に比島·ビルマの訪日視察団、印度の志士チャンドラ·ボース氏の姿も見える、大東亜建設議会であります。

<東條首相>

「比島独立に対する帝国の態度は、累次の声明により既に明らかなるところでありまするが、帝国はこの際さらに一歩を進めて本年中に比島に独立の栄誉を与えんとするものなることをここに中外に闡明(せんめい)するものであります。

大東亜の諸国家、諸民族がたくましき発展を成しつつあるに比較いたしまして、印度がなお英国の過酷なる弾圧の下に独立完成のため大なる苦しみをなめつつありますることに対しましては、私は衷心より同情の意を表するとともに、憤りを感ずるものであります。

帝国は印度民衆の敵たる米英の勢力を印度より駆逐し、真に独立印度の完成のためあらゆる手段を尽くすべき牢固(ろうこ)たる決意を持っておるのであります。

今や内外の情勢、誠に重大であります。この重大なる情勢下において一億国民は挙げて皇民たるの本分を全うすべく、戦意を新たにしておるのであります。戦場の将兵の心を心とし、全力を尽くして一路聖戦完遂に突進するの誓いを新たにしておるのであります。

このときにあたり政府は一億国民の陣頭に挺身(ていしん)し、この新たにせる誓いを必ず実践にうつさんことを期するものであります。

政府が今回臨時に帝国議会の開会を奏請いたしました。企業整備、食料緊急増産等に関する予算案および法律案を提出いたしましたのも、実に以上の趣旨に出でたのであります。今次の企業整備は決戦下さらに直接戦力の急速増強のため、従来の企業整備の趣旨を拡充、産業の各分野にわたり徹底的なる整備を行い、国民のことごとくをして戦力増強に寄与せしめんとするのであります。

しかして、これが円滑なる遂行を期するためには国民全般の協力を絶対必要とするのであります。国民諸君は十分政府の意のあるところ諒(りょう)とせられ、01日も早く整備を完了し、適材適所、各自の能力を遺憾なく発揮しうるごとく、積極的に協力せられんことを願って止まない次第であります。」

年月日/1943/19430623/19430623-t-jpn-dea-002-日本新闻.txt · 最后更改: 2025/07/21 15:04 (外部编辑)