年月日:1943:19430107:19430107-h-roc-s27-006-吴新荣日记
吴新荣日记>19430107
昨夜、高山校长の宅から归って来た后、奇珍への手纸を书き续い[け]た。
去る年末彼等が来访して归って行った时に书こうと思った手纸である。
即ち林家との缘谈に就いて别にこちから强ひて求めたのではないから、若し向ふが踌躇する【よう】だったら、それなりに早くケリを付けて贳ひたい事を书いてやった。
この件に就いて【は】别に昔流の迷信を担ぐ【わけ】ではないが、先月雪芬の命日に家族が揃って墓参りから归った后、亚姫子があの大きい乾隆时代の大龙花瓶を坏してから、何んだか私にとし[っ]ては余りよい预感ではなかった。
昨夜,离开高山校长家后,回来继续写信给奇珍【1】。
去年底他们来访后,要写的信拖到现在才动笔。
谈到和林家的亲事并非我方强求,所以如果对方犹豫不决,希望早一点有个了断。
有关此事,我并非有古人的迷信观念,上个月的雪芬命日【2】,全家去扫墓回来后,亚姬子竟打破了乾隆时代的大龙花瓶,对我来说,有一点不吉的预感。
【注】
【1】奇珍:即黄奇珍。
台南县白河镇人。
吴新荣就读台湾总督府商业专门学校豫科时的同学,为吴新荣的终生契友,最称莫逆。
原名“寄珍”,吴新荣改称呼“奇珍”。
又,日本名为宗原宽。
吴新荣所著《震瀛随想录》仅有二序,冠首即为寄珍序。
【2】命日:日语。
忌辰之日。
日人习俗,故人每月之死日或每年之死日,皆曰命日。
年月日/1943/19430107/19430107-h-roc-s27-006-吴新荣日记.txt · 最后更改: 2025/07/26 11:54 由 127.0.0.1
