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年月日:1942:19421219:19421219-h-roc-s27-006-吴新荣日记



吴新荣日记>19421219

昨夜はとうとう一睡もしなかったが、いやなことである。
その原因は次の如く精神的に而も肉体的な关系がある样だ。
第一に、昨日から右眼睑が时々振动するので又何か恶い前兆があるのではないかと气遣ってゐること。
第二に、二、03日前の风邪が原因で咳がなかなかとれないこと。
第三に、昨晚吴水、谢得宜两君を访ねたり、又奉公壮年团役员会に出席したりする时に、余にお茶を饮み过ぎたこと。
第四に、就寝する前に、甘氏惜娇夫人が来て例の问题を持ち出し、早く进行しないと杂音が入って女の态度がどうも变であると告げたこと。
以上の样な事で眠れないことは自分として、自己の马鹿加减にあきれる他はない。
已むを得ず起きて、奇珍兄に手纸を书いたり、又安[阿]倍静枝の《寡妇哀乐》を读んで见たが、とうとう夜が明けてしまったのである。
晚には公会堂に于いて奉公壮年团の常会を开いたが、年末年始赠答彻底的废止に对する私の檄文の草稿が采用され、佳里街各户にそれを飞ばすことになった。
昨夜整晚未曾阖眼,真讨厌。
其原因有精神上的和肉体上的。
第一,昨天起右眼眼皮频频跳动,很介意是否有何坏兆头。
第二,两三天前的感冒,至今咳嗽不停。
第三,昨晚访问吴水、谢得宜,又出席奉公壮年团干部会,喝了太多茶。
第四,就寝前,甘惜娇女士来访,说到婚事问题,不早日进行就会有间话传开,影响女方的主意改变。
为以上的事而睡不着觉,只怪自己愚蠢。
只好起床写信给奇珍兄,又阅读安[阿]倍静枝【1】的《寡妇哀乐》,终于天亮了。
今晚,在公会堂举行奉公壮年团常会,对主张年末年初的赠礼答礼风俗习惯的彻底废止,我的檄文草稿被采用了,决定印刷后分送给佳里街各户住民。

【注】
【1】阿倍静枝(1889-1974):笔名二木静枝,日本宫崎县人。
短歌诗人。
东京女子高等师范学校毕业。
曾任仙台女学校教师、短歌会役员、东京都区会议员。

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