年月日:1942:19420919:19420919-h-roc-s27-006-吴新荣日记



吴新荣日记>19420919

宋文炳著《支那民族史》を读了

昨夜大雨があったので、今日外庄へ行って往诊すると、大气がすがすがして气持がよい。
然し、オートバイが久し振りに故障したので、いささか闭口した。
今日は《支那文化史大系》の《支那民族史》(宋文炳着)を读了した。
この书は别に大きい感动を得なかったが、只一つ私の今までの民族观念を着しく订正したことである。
即ち若しも日本民族が多数な民族から成立したものとすれば、支那民族もそれと何等变わりがないのである。
この事实に依って吾々は殊更に民族の纯粹性を主张する必用[要]がないと信ずる。
恐らく吾々の祖先は汉族の外に、多分苗族の血が混ぜ[ざっ]てゐるではないかと思ふ。
かかるが故にこれから再混血することは祖先に对して一寸も不义がない筈である。
恐らくは今日最も纯粹なる汉民族があるとすれば、长江流域にあるだらう。
黄河流域には余りに北方民族の血が入り、珠江流域には余りに南方民族の血が入ってゐる。
昨日、奇珍が台北から手纸が来て、例の〈亡妻记〉は意外に多数の女性を泣かせ、“吴新荣”の名は简单に人々から忘れ【られ】ないだらう、と书いて来た。
宋文炳著《支那民族史》读完

昨夜下大雨,今天到外庄往诊,大气一片清爽,真是舒服。
但一向正常的机车却发生故障,真是糟糕。
今天读完了《支那文化史大系》中的《支那民族史》(宋文炳着)。
并没有什么特别令人感动之处,但明确地修正了我原来的民族观念。
如果日本民族是由多数民族结合而成立的话,支那民族也是一样。
由此一事实来看,我们没有必要主张所谓民族的纯粹性,也许我们祖先除了汉族之外,大概也混有苗族的血统。
由此观之,此后的再混血,对祖先可说是没有一点不义。
如果说今日还有纯粹的汉民族,那大概只是在长江流域吧。
黄河流域则有太多北方民族的血流入,珠江流域则有许多南方民族的血流入。
昨日,奇珍从台北来信,提到〈亡妻记〉意外地让许多女性读者哭泣,“吴新荣”的名字大概不会轻易地被遗忘吧云云。

年月日/1942/19420919/19420919-h-roc-s27-006-吴新荣日记.txt · 最后更改: 2025/07/26 11:54 由 127.0.0.1