吴新荣日记>19420913
虎尾街を访ねる
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昨夜の疲れで今朝は九时迄眠ってゐた。
起きて见ると空は晴れるらしい。
どう云ふことがあっても今日だけはうんと降って贳いたかった。
そして自分の代わりに万斛の泪を溅ぎて贳ひたかった。
その中に谢朝安君も来たので少らく语った后、奇珍兄と一绪に出た。
今朝先づ会って语りた人は第一高女の国分直一先生であった。
それで学校に电话したら丁度をったので、“ユーカリ”で待ち合ふことにした。
やがて来たので、そこで文艺や土俗等のこと语ったが、午になったので“莺”へ行って午饭を摄ることにした。
この样に知性の高き人々と语ったことは、少くとも自分にとりては慰めであり、又幸福であった。
やがて国分先生と别れ、奇珍兄と一绪に黄锜君を访ねた。
そこで黄銮妹さんが杨万福と婚约が成ったことを知って心から祝ってやった。
自分は曾つて宿ったこの部屋で若かりし时代を回顾して感慨无量であった。
やがてこゝを辞し奇珍兄と二人で三时过ぎの汽车に乘り迂んで、虎尾へ向った。
斗南驿から[で]下りたので、先づ商专时代の李坤英君を访ねた。
殆んど二十年ぶりだが、彼は依然として昔の如くニコニコして变わりがなかった。
そこを辞して町を一回りした后ハイヤーで虎尾へ向った。
虎尾街はさすがは新兴都市だけあって、地方としては相当活气がある样だ。
今日こゝを访ねた目的は、台西自动车会社社长吴兴旺氏の母堂を吊ふ为めだ。
本宅はもっと田舍にあったので、そこ迄烧香に行き、又虎尾に戻った时は已に晚の八时であった。
こんな大きい町に一人の友人もなかったことは淋しかった。
それで奇珍兄と二人で复兴楼とか新高楼に[を]步き回って见た。
そこで曾つて佳里にゐた陈氏玉女の母娘がその附(近)にをったことが分った。
访ねて见ると、娘の阿珠は已に十九になって大きくもなったし绮丽にもなった。
それで晚には彼等の热意に依り、こゝに宿った[宿る]ことになった。
探访虎尾街【1】
。
因昨夜的劳累,今天早上一直睡到九点才起床。
看看窗外,可能放晴了,不管怎样,希望今天多下一点雨,替我溅万斛泪水。
这时谢朝安【2】君来了,聊了一会儿,和奇珍兄一同外出。
今天第一个想找的人是第一高女的国分直一先生。
打电话到学校,他正好在,就约他在“尤加利”见面。
他不久就到了,大家谈些文艺、风土民俗。
到了中午,一起到“莺”吃午饭。
和这样知性很高的人谈话,至少对我是一种慰藉,也是幸福。
和国分先生分手后,和奇珍兄一起去找黄锜君。
在黄家知道了黄銮妹小姐和杨万福君已订婚了,衷心地祝福他们。
看着这学生时代曾住过的房间,回顾年轻时代,无限感慨。
离开黄家,和奇珍兄坐三点多的火车往虎尾出发。
在斗南站下车,先拜访商专时代的李坤英君,几乎二十几年不见了,依然如故,总是笑嘻嘻的。
辞去后,在街上走一趟,就乘轿车直奔虎尾。
虎尾街是个新兴都市,充满活力。
今来此目地是来追悼台西自动车会社社长吴兴旺【3】氏的尊堂。
他的住家在乡间,去他家上香,再回到虎尾时已近晚上八点,在这么大的市镇,竟然连一个友人都没有,觉得很孤单。
两人就到复兴楼和新高楼【4】看看,得知曾住佳里的陈玉女氏母女就住在附近,就去探访。
她的女儿阿珠已十九岁了,长得很漂亮。
晚上承她们好意,留宿下来。
【注】
【1】虎尾街:为今云林县虎尾镇。
原为虎尾庄,1933年升格为虎尾街,是日治时期的靠制糖厂而发展的新兴街庄。
【2】谢朝安:台南县将军乡人。
与吴新荣同为沤汪公学校的第一届毕业同学,台南商专的学长。
任职于银行界。
【3】吴兴旺(1903-?
):云林县虎尾镇人。
战前曾任虎尾信用购买贩卖利用组合理事、虎尾信用组合书记、台南州自动车运输株式会社取缔役、帝国商事株式会社取缔役、南荣拓殖合资会社取缔役、虎尾产业组合理事。
战后曾担任过虎尾镇镇长、台湾省云林县第四届县市议会议长。
【4】新高楼:酒家店名。
