吴新荣日记>19420906
昨夕李自尺、黄腾两氏と三人で自转车で台南へ行った。
不规则的な发车や故障だらけの自动车よりは便利で而も轻快だ。
台南に着いて先づ萧长真外科へ行って郭水潭君の子供を见舞した。
それからユーカリ吃茶店へ行って国分直一、郭水潭、黄奇珍三兄と落合ふことになったが、国分君はとうとう来なかった。
それで总势五人で招仙阁へ行って郭水潭君の荣转祝贺会をやった。
美枝[妓]数人を举げたが、惜むらくは佳肴と甘酒が不足である。
それで松竹カフェーに移ったが、そこには丰富なビールと昔なみじ[なじみ]の女があったので面白く游んだ。
归りには经济警察にやられた陈清晓君の家族を慰问し、その足で新町へ行くことになった。
然し私の疲劳は甚しく、その上に醉もまわって来たので、まもなく奇珍宅へ归って寝た。
今朝は五时に起きて、すぐ黄腾氏と二人で自转车をかけて归って来た。
殆んど一时四十分を费ひしたが、日出前なので暑くなかった。
それでも相当な疲劳を感ぜざるを得なかった。
昨夕,和李自尺、黄腾,三人骑脚踏车到台南去,比不按照时间开车,而且经常故障的汽车方便又轻快。
到达后先到萧长真外科探视郭水潭君的小孩的病,然后到尤加利茶座约国分直一、郭水潭、黄奇珍三位会合,结果国分君没来。
之后五个人到招仙阁,为郭水潭君开个调职祝贺会。
叫了几个美妓陪酒,可惜佳肴美酒不足,就移到松竹咖啡屋去了。
这里啤酒供应充足,昔日熟悉的女人也在,愉快地尽兴喝酒。
归途去慰问被经济警察【1】修理过的陈清晓君家族,顺便走到新町【2】去逛一逛。
但我甚为疲倦,酒气有些发作,就回奇珍宅睡觉。
今晨五点起床,和黄腾氏骑车回佳里,车程花了一小时四十分钟,太阳还没出来,所以并不很热。
虽如此,还是相当疲劳。
【注】
【1】经济警察:1937年“七七事变”以后,因军需增加,总督府始于台湾实行经济警察制度,严格取缔违反经济统制法的事件。
【2】新町:即台南运河旁之闹区,当时为妓女户密集之风化区。
