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吴新荣日记>19420811

昨夜は风雨强かったが今朝一寸晴れたので、黄明富君と别れて人力车で高雄驿に向った。
路が远いので车夫と谈话したら、大体高雄の人口の动态が分かった。
即ち总人口を五[六]分とすれば、その中に北门郡人が二分、澎湖人が二分、在来人が一分、その他が一分であった。
全市の车夫は殆んど北门郡人である点から见ても、北门郡人の势力が分かるのである。
やがて高雄驿に着いたので、九时过ぎの汽车で屏东に向った。
屏东に着いてから先づ亡妻の亲友苏氏暖[暖]さんを访ねた。
彼女は泪を浮べながら故人の告别式に出なかったことを诧びた。
その居室の壁に目をやれば亡妻の写真をかゝげて、その前に晚香玉を活けてあった。
世にこんな美しい友情が又とあらうか。
それから亡妻の思出话に二、三时间も知らず间に过ぎてしまった。
昼食が济んだ时は、已に二时过ぎであるが、私は礼仪的に洪茂茹姑丈を访ね【れ】ばならなかった。
阿姑の健康も案内[外]によく、又そこで二时【间】も语ってしまった。
それで早い晚食后、私は五时过ぎの列车で高雄に戻った。
昨夜风雨交加,今晨稍微晴朗了一下,去辞别了黄明富君,坐人力车直接到高雄火车站。
路远了一些,和车夫谈话中对高雄的人口动态有些了解。
把人口数分为五[六]等分的话,其中的二分是北门郡人,澎湖人约二分,在地人口一分,其他一分。
全市车夫几乎都是北门郡人,从这一点来看,可以知道北门郡人的势力如何。
到了高雄火车站,坐九点多的火车往屏东出发。
到达后,先去拜访亡妻的好友苏氏暖。
她一面流泪,为了未能参加故人的告别式向我致歉。
她的房间壁上还挂着亡妻照片,照片前方还插着晚香玉。
世上还有比这更美的友情吗?
我们谈了许多对亡妻的回忆,不知不觉过了两三个小时。
吃过了午餐已是两点多了,我还要到姑丈洪茂茹【1】家做礼貌性的拜访。
阿姑的健康情况比预期中好得多了。
在这里谈了两个小时,提早吃了晚餐后,坐五点多的列车回高雄。

【注】
【1】洪茂茹(1907-1967):台南县北门乡人,吴新荣的姑丈,与吴新荣同年。
台南师范学校毕业。
曾在屏东经营“屏东书局”,为成功生意人。

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