吴新荣日记>19420606
沈复作《浮生六记》读了
。
鹤见祐辅作《ビスマーク》读了
。
今年来、落叶を烧く每に雨を[が]降ったり、少くとも雨模样になったりすることが屡々あった。
吾々に雨乞ふ[ひ]の能力があるとは思はないが、その间に何か神秘的な关系があるではないか、昨夕も落叶を例の尘溜りに集めて烧いたら、今朝になると今年始めての朝立ちが降った。
昨夜、沈复作《浮生六记》を读了した。
その流丽な文章と高雅な教养とはさすが乾隆时代の文化を表はすに遗感[憾]がない。
又今朝、鹤见祐辅著《ビスマーク》を读了した。
鹤见氏传记物は高く评价する事が出来ないが、气分转换する意味で读んで见た。
然しこの欧洲の曾つての一巨人の人间的な一面を知ることが出来て痛快だった。
今日から又〈亡妻记〉の后编〈思ひ出〉を书き出した。
参考の为めに许婚时代の手纸を取り出して读んだら、感慨无量であった。
この时代、彼女が自分に下れた手纸は廿七通もあるも、皆纯真そのものの文章であった。
私も彼女に廿八通も上げたが、あの时代はそれしか[くらい]のことしか书けなかったのを、今更耻しく思ってゐる。
沈复著《浮生六记》读完
。
鹤见祐辅著《俾士麦》读完
。
年初到现在,每次烧落叶就会下雨,至少也有像要下雨的样子。
我并不以为我有乞雨的能力,但也许其中有某些神秘的关连吧。
昨夕照例把落叶集中,在小土坑里烧掉,到今天早上竟下了今年第一场的早晨西北雨。
昨夜读完了沈复的《浮生六记》。
其流利而漂亮的文字和高雅的文化教养,不愧为是乾隆时代文化的表现。
又今天早上读完了鹤见祐辅著《俾斯麦》。
鹤见氏的传记作品并没有很高的评价,姑且以改变心情的用意来读,却认识了这曾是欧洲风云人物的人性的另一面,甚为痛快。
今天开始写〈亡妻记〉的后篇〈回忆〉。
为了参考,拿出订婚时代所写的信看了一下,令人无限感慨。
那个时候,她写给我的信有二十七封之多,都是非常纯真的文章。
我写给她的信也有二十八封之多。
在那个时代只能写那样的文字,现在看起来真感羞愧。
