吴新荣日记>19420413
雪よ、今日お前の婊[表]兄弟である阿娥仔姊が访ねて来た。
彼女はお前が死んでから二、三回も来たが、何时も语るに堪へないで归って行った。
今日も泣きながら六甲に行ってお前のお母さんに会ってきたことを语った。
お母さんの悲叹は勿论、あの无口な三哥さへ声を上げて泣いたさうである。
やはりお前が六甲へ归へ【ら】なかった方がよかったかも知らないと云ったが、今更のこの愚知[痴]は何にならう。
雪よ、今夕も私は南图だけ自转车に乘せてお前の茔へ行った。
写真屋に赖んでお前の茔を撮影して贳ひ、东京や北京にをるお前の兄妹に赠らうと思ったからだ。
南图を乘せて来る时、朱里も亚姫も(南星は丁度をらなかった)南河も一绪に行きたいと云った。
わけて南河は泣きながら自转车に手をかけてせがんだ位だ。
“同じ自分の子供なのに、どうしてこんなに区别するの”
生前お前はよくこう云って私をたしなめたことであった。
“だって南图は南河よりも小さいし、それに二人では乘れないからね。
又お前が死んでからとってもすねるだもの”
私は心にこう嗫きながらお前の茔におじきしたのだ。
事实、子供达は特に南图は私が往诊へ行くさへくっついて仕样がなかった。
母亲のない子供もこうも父亲にくっつく[か]なければならないのか。
雪よ、お前が死んでから、町の人々がよくお前の梦を见たと度々云って来てゐる。
どうして私はもっとお前の生前の梦を见ないだらうか。
たまには见たことがあるが、それは只葬式のこととか茔のこととかで、そんなのはもう御免だよ。
雪よ、お前は绝世の美人でもない、まして完成した人格者でもない。
然しお前は实に出来た人间である。
私は只お前の人间性を爱する。
も早や私はお前のような人间を求め得ないであらう。
お前はお前の妹に何回となく“いゝ夫だ”と云ったさうだ。
然し私は未だ曾【つ】て谁にも“いい妻だ”と云ったことはない。
今にして思へば、せめて一回たりともこんな言叶を谁かの口を借りて云って上げたかったのだ。
雪よ、今晚私は果して旨く眠られるであらうか。
昨夜は鼠の野郎に散々苦しまれたが……
雪啊,今天你的表姊阿娥仔姊来访。
你过世后,她已来了两三次了,每次都呜咽不能言语地回去了。
她今天也是哭着说到六甲和你母亲见了面,你母亲悲叹不用说,一向沉默寡言的三哥也放声大哭了。
她说如果你不回六甲,也许就不会发生这种事。
到现在还讲这些气话有什么用?
雪啊!
今天黄昏我只带南图骑自行车去看你,我请照相馆拍你的坟墓照片,要送给你在东京和北京的兄妹。
我载南图上自行车时,朱里、亚姬子、南河(南星不在家)都吵着要一起去,尤其南河,哭着紧抓脚踏车不放。
“同样都是自己的孩子,为什么有这种差别?”
生前,你都会这样说,这样责备我。
“南图比南河小,同时自行车没法载两人。
自从你死后,他显得更会闹别扭。”
我在心中自言自语,向你的墓行礼。
事实上孩子们,尤其是南图,连我要外出往诊,他都会黏住不放,真是没办法。
也许母亲不在的孩子,都会黏父亲吧!
雪啊!
你死后,街上有许多人告诉我,他们会常在梦中见到你。
为什么只有我不能梦见生前的你?
偶而梦见的都只是葬礼、坟墓,这些我不要。
雪啊!
你不是绝世美女,也不是伟大的人格者,但你是完美的一个人。
我爱的只是你的人性,我再也找不到像你这样的人了。
听说你好几次告诉你妹,说我是“好丈夫”,但我不曾向任何人说你是“好妻子”。
现在想起此事,以前至少也该有一次把这句话借某人的口转告你才对。
雪啊!
今晚我可以睡个好觉吗?
昨夜被老鼠闹得痛苦不堪。
