吴新荣日记>19420327
妻雪芬急逝す
。
昨晚、陈其和君と围棋している时に六甲から电话が来た。
雪芬は九时过ぎ风吕から上がって急に重态になったとのことだ。
早速タクシーを强请して十一时过ぎ六甲に着いて见たら已に危笃状态である。
最初は上腹部の疼痛を诉へたので昭川义兄は镇痛剂を注射したとのことだ。
后になって贫血の状态がよくならないので、李源医师を迎へてリンゲル氏液を五○○瓦注射したら几分か意识が回复したとのことだ。
自分も早速エラミン、ビタカンファを数筒注射したが状态は依然としてよくならない。
意识は割合に明了であったので、自分の问いに对して只苦しいと云った。
最后にならうとした时、言ひ遗すことはないかときいたら、ないと云った。
丁度今朝零时十五分に自分の手を强く三回握ってから永眠した。
自分は内出血(子宫外妊娠?
)に依る失血死と主张したら李源医师も同意して下れた。
后で两膊及胸部の绊创膏を取ったら十一枚、それに大腿部に二ケ个所のリンゲル氏液注射痕があった。
自分は五人の遗儿を同伴し、遗骸を抱いて佳里に归って来た。
父亲と相谈した结果、因缘地佳里に葬することを决めたので病室に灵位を安置した。
自分は今この灵前にこの日记を认めて已に语らん妻と语らんとす。
妻よ、汝は伟大な母性であった。
我が爱儿を五人迄も产んで下れた。
妻よ、汝は伟大なる家政妇だった。
この大世带をここ迄统制して下れた。
妻よ、汝は伟大なる妻であった。
汝の内助の功は决して微々たるものではない。
而して妻よ、安心して天堂へ逝れよ。
五人の爱儿は间违いなく引き受けた。
妻よ、安心して西天へ逝れよ。
私の人生はこれから大转换するであらう。
佳里に归って来て丁度、大姨が来てゐたので都合がよかった。
徐清吉君を呼んで来たら早速陈清汗夫人と水上明君も来て下れた。
将军庄へは急使をやって母亲と叔父に知らせてやった。
雪よ、今は正に夜の十二时に近づかんとしてゐる。
昨晚の今顷、お前は“非常的艰苦”と连发したのである。
今お前は已に寝棺の人となった。
お前の夫は今、お前の兄昭癸と私の亲友徐清吉、陈清汗、吴天梓三君と、お前の最后の通夜をしてゐる。
お前の夫は今日、お前の为めに最后のそして最善の色々な仕事をして来た。
朝は先、陈秀江氏の店を访ねて、お前の寝棺を物色した。
两方に“福寿”と刻んだ福州杉は只一つ残ってゐるが、それが遂にお前の永ごうの住居になった。
お前の夫は又、お前のもっとも尊敬している王乌硈先生を迎へて、お前の体に医学的な最后の处置をした。
お前の夫は又、お前の兄と佳里の新共同茔地へ行って、地理师とお前の永久の宅地を卜した。
今日お前の讣を闻いて佳里街の人々は皆泣いた。
わけて市场の人々や部落の患者は终日切れずにお前に线香を上げに来た。
午后六时顷、お前の夫はお前の最后の着换へを手伝った。
お前の肉体は已に冰の如く冷く、石の如く坚かった。
午后九时近く、お前をお前の寝棺に移す仪式を行った。
善行堂の坊さんは五、六人も来てお经を读んだ。
“婆仔”が最后にお前の颜を被はんとした时に、お前の夫はもう一度明けて下れと命じた。
それでもお前の夫は永久にお前の颜を见失ふ瞬间が来た。
今お前の夫は、お前の灵棹でこの日记を缀ってゐることをお前は知ってゐるか。
あゝ悲しき哉。
妻雪芬急逝
。
昨晚,与陈其和君下围棋时,从六甲来了电话,告知雪芬在九点多洗浴后,突然昏倒。
情况危急,就赶快找辆计程车,十一点多到达六甲,一看,已是危笃状态。
一开始,她说上腹部很痛,昭川内兄给打了一针镇痛剂。
不久,贫血状态并未好转,把李源【1】医师接来,为她注射了五百cc的生理食盐水之后,才恢复了意识。
我为她打了强心剂数针,病况未见改善,而意识还算清楚。
对我的问话,只说很痛苦。
眼看着快撑不下去了,问她有没有什么事要交代,她只说没有。
在今晨零时十五分,三次紧紧握着我的手后遂告永眠。
我认为死因是内出血(子宫外孕?
)导致的失血死亡,李源医师也同意我的看法。
从她的胳膊及胸部撕下十一片打针伤口贴布,大腿部有两个生理食盐水注射伤痕。
我带了五个遗儿抱着遗体回佳里。
与父亲商量结果,决定葬在因缘地佳里。
之后在病室安置了灵位。
我现在就在灵前,以此日记,向不能说话的妻子倾诉。
妻啊,你是伟大的母亲,为我生下了五个子女。
妻啊,你是伟大的主妇,为我管理这么大的一个家族。
妻啊,你是我伟大的妻子,你的内助之功绝非微渺。
妻啊,你安心地到天堂去,五个爱儿我会全心照顾。
妻啊,你安心地到西天去,我的人生从此会有些转变吧!
回到佳里时正好大姨也来了,帮了大忙。
找来徐清吉君,他立刻连络陈清汗夫人和水上明君,他们也都立刻赶过来,也派人通知在将军庄的母亲和叔父。
阿雪,现在已夜深十二点了,昨天的此刻,你还能不断的告诉我:“非常痛苦”,现在却已默默地睡在棺木中。
你的丈夫,现在和你阿兄昭癸,及好友徐清吉、陈清汗、吴天梓三人在此陪你过最后的一夜。
你的丈夫今日为你做了最后最完善的安排。
早上去找陈秀江氏,为你挑选寝棺。
只剩一具棺头、棺尾刻有“福”、“寿”两字的福州杉,终成为你永远的住处。
你的丈夫还有你最尊敬的王乌硈先生,给你的遗体做医学上最后的处理。
你的丈夫和你阿兄也到佳里的新公墓,和地理师勘查你永久的宅第。
今天,得知你的讣闻,许多佳里人都哭了。
尤其是市场里的熟人,各部落的患者,整日不断地来为你上香。
下午六点多,你的丈夫为你作最后的换装,你的肉体像冰一样的冷,像石头一样的硬。
晚上九点,为你的灵柩行迁棺仪式,善行堂的五、六位师父来为你诵经,“婆仔”【2】在最后为你覆上脸时,我要她再次掀开看你一眼,这也是你的丈夫再也看不到你的容貌的时刻到了。
现在,你的丈夫在你灵前写此日记,你知道吗?
唉,悲啊。
【注】
【1】李源(1896-1975):原籍台南县盐水镇人,移居六甲乡。
早年负笈日本,1914年入台北医学专校热带研究所实习。
1915年于六甲庄开业“鸿源诊所”。
战后,连任六甲乡第一、二、三届乡民代表会主席,兼任乡农会理事。
与毛昭川、陈麟绸合称为“六甲三杰”。
【2】婆仔:是专门处理丧葬仪式的专业人员,负责从断气到除灵的各种杂务。
