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年月日:1942:19420217:19420217-t-jpn-dea-002-日本新闻



日本ニュース 第89号

1942年(昭和17年)02月17日
[1]陸軍落下傘部隊出動!
02:35
「大本営発表。
02月15日午后5時10分、強力なる帝国陸軍落下傘部隊は02月14日午前11時26分、蘭印最大の油田地たるスマトラ島パレンバンに対する奇襲降下に成功し、敵を撃破して、飛行場その他の要地を占領確保するとともに、さらに戦果を拡張中なり。」
長駆蘭印スマトラの要衝(ようしょう)パレンバンに敵の意表に出でて空から突入を敢行した陸軍落下傘部隊の赫々(かくかく)たる戦果は、もとより御稜威のしからしむるところでありますが、かねてこの日あるを期して我が忠勇なる将兵が黙々として血の滲む訓練を積んだ賜物であります。
我は醜(しこ)の御盾(みたて)となりて大空を行かん、大東亜戦線各地の相次ぐ勝報に血を沸かし、実戦さながらの猛訓練に勤しむ空の兵(つわもの)に栄光あれ。
[2]ジャワ沖海戦 01:20
02月04日帝国海軍航空部隊は、かねて蘭印近海に蠢動(しゅんどう)を続ける敵艦隊主力をジャバ海カンゲアン島南方30海里の洋上に発見、直ちにこれに猛攻を加え、オランダ海軍が誇る新鋭巡洋艦デ·ロイテルの他3隻を撃沈大破。
アメリカアジア艦隊旗艦ヒューストンを撃沈。
ここに敵艦隊、中にも蘭印艦隊の主力は瞬時にして壊滅し、敵西南太平洋連合艦隊司令長官ハートの戦死も伝えられ、赤道直下の洋上に赫々(かくかく)の戦果をあげました。
これは猛烈なる敵が防御の十字砲火を冒して、果敢なる爆撃を敢行するわが海の荒鷲と、敵艦隊の壊滅寸前を示すジャバ沖海戦の生きた記録であります。
特輯
シンガポール陥落
[3]陸軍報道部発表<特輯シンガポール陥落> 01:40
「マレー(馬来)方面、帝国陸軍部隊は、本15日午后7時50分、シンガポール島要塞(ようさい)の敵軍をして無条件降伏せしめたり。」
老英帝国の威信、ついに地に落つ。
時に昭和17年02月15日、全国を興奮のるつぼに投じた歴史の夜はほのぼのと明けて、一億の民草あげて感激の奔流と化し、続々宮城前広場に参集、この声天にも届けと母国の弥栄(いやさか)を唱え奉る。
靖国神社社頭は夜の明けきらぬ頃より参拝者引きも切らず、大東亜聖戦の華と散った多くの英霊も、この日世紀の朝を寿ぐかのようであります。
町々は戦勝祝賀の歓喜に沸き立つ中にも、米英倒れる日まで戦い抜かんとする一億国民の意気は火と燃える。
[4]南方陸軍最高指揮官は寺内大将<特輯シンガポール陥落> 00:37
覆面を脱いだ南方陸軍最高指揮官寺内将軍は、陣中悠揚(ゆうよう)として迫らず、米英撃滅の軍を進める。
思い起こせば昨年12月08日、皇軍一度決起するや、敵東亜進攻の拠点は相次いで陥落。
開戦02月にして早くも全東亜の天地に日章旗翻る中に、1人老英帝国の威信を賭して頑強なる抗戦を続けたシンガポール島要塞(ようさい)も、マレー半島皇軍破竹の進撃の前にはあえなく、脆くも一敗地にまみえる日は遂に来たのであります。
[5]諸部隊の活躍<特輯シンガポール陥落> 01:48
炎熱焼くがごとき熱帯の太陽の下、あるいは敵が爆破した橋梁を修理し、あるいは猛獣毒蛇の住むジャングル地帯を突破して、ひたすらシンガポール目指して進軍した皇軍将兵の辛苦は、ただ一筋にこの日この時あるがためでありました。
皇軍将兵の胸中や思うべし。
見よ、空陸一体となっての皇軍疾風迅雷怒涛の進撃を。
眼下に白線一条、敵の城塞に繋がるはこれぞ正しくコーズウェイ橋。
[6]セレター軍港猛爆<特輯シンガポール陥落> 00:43
敵の本陣間近し、我が陸の荒鷲は敵が必死となって打ち出す防空砲火の弾幕をくぐり、敵の頭上低く殺到する。
とつ、前方に見るセルター軍港、50万トンの重油タンク火を発し、黒煙もうもう天に沖して陥落寸前の大要塞(ようさい)の空を覆い、天日ために暗く、落日老英帝国の命脈、まさに絶たれんとす。
[7]東条首相演説<特輯シンガポール陥落> 00:50
<東条首相>
「シンガポールの陥落により、米英の豪語する対日包囲陣の一角は、全く崩壊し、しかも皇軍破竹の進撃により、いわゆるビルマルート遮断の日は不可避にあるのであります。
かくして重慶政権は、まさに全く孤立無援の苦境(くきょう)に陥らんとしておるのであります。
これに対し帝国は、断固として最后の鉄槌を加えんとするものであります。」

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