吴新荣日记>19410920
心脏の异常搏动は依然として止まらないから午近く西港组合医院を访ねて、王乌硈先生の诊察を受けることになった。
先づ尿を检查したが、蛋白质がなかったし、血压を计っても最高百十八だったから平常であった。
次にレントゲンをかけた所が大动脉弓が何だか出张ってゐると云ふので、血液を采って检查することになった。
何れにしても只事でないことを熟熟感じたが、或はかかる感じこそ发病を来たす所の所谓神经性かも知らない。
とにかく病气は病气として少しでも余计に休みたいが、昼间で[に]は患者があるし、夜には友达があるので驮目だ。
晚には郭水潭、徐清吉、谢得宜、陈清波诸君が来たので、黄作仁君から赠られた麻雀を始めてやった。
五人游びで三环やったが、最后に少々胜った。
庄培初君から《兴南新闻》の《医药人士鉴》に应募せよと云はれ【た】ので、大体次の如く略历を书いた。
汉诗人吴萓草の长男として、本籍地将军庄に生まる。
府立台南商专に于いて林茂生教授の薰陶を受く。
冈山县金川中学の门を叩いて服部纯雄校长の教を乞ふ。
东京医专に入りて佐藤达次郎博士の门下生となる。
心脏之异常搏动仍然未停,近午到西港组合医院接受王乌硈先生的诊疗。
首先验尿,没有蛋白质;
再量血压,最高也是一百十八,一切正常。
接着照X光,因为看到大动脉弓有些曲张,于是采血检查。
总觉得此事并非小事,或许是这种感觉反而引起病因,所谓的神经性的病况。
病就是病,应多休息几天,白天看病患,夜间有朋友来访,还是无法充分休息。
晚上,郭水潭君、徐清吉君、谢得宜君、陈清波君来了,拿出黄作仁【1】赠送的麻将牌开始打起来,五人合战玩了三回合,最后小胜。
庄培初君要我应征《兴南新闻》的《医药人士鉴》,写了如下的略历:
汉诗人吴萱草之长男,本籍地将军庄出生。
府立台南商专,受林茂生教授之薰陶。
入冈山县金川中学,乞教于服部纯雄校长。
进入东京医专,为佐藤达次郎博士之门生。
【注】
【1】黄作仁:台南县七股乡人。
盐分地带文学同仁。
