日本ニュース 第64号
1941年(昭和16年)8月26日
[1]緊張の米国に野村大使は語る 02:13
戦争参加一歩手前のアメリカにあって、一億国民の輿望(よぼう)を双肩に困難なる外交折衝の重任にあたる我が野村大使は、マイクを通して次のごとく最近のアメリカの動向を語り、国民の奮起を要望しました。
<野村大使>
「私はこの2月11日紀元節に華府(かふ)へ到着したんであります。
到着後のアメリカの状況は、だんだん国防の充実、対英援助という方面に熱が高まってまいりまして、最近ではますますこの国防の方に力を注いでおりまして、あるいは近い将来に参戦するかとも言われております。
日本に対しましては私が参った頃はやはりいろいろの懸案もありましたが、だんだん最近の状況は日本が枢軸国の一員たる関係上、アメリカの戦備の向上と共に、日本に対しては相当風当たりが強いのであります。
内地においてもいろいろ内外の事情が緊迫しておって、ますます挙国一致、奮闘努力を要する時と思いますから、皆さまがますますご自重ご健康のほどは、ワシントンから切に祈って止まぬ次第でございます。」
野村大使肩负着一亿人的希望,肩负着外交谈判的艰巨任务,在美国处于参战边缘之际,他通过麦克风讲述了美国最近的事态发展,并呼吁美国人民团结起来,支持他。
<野村大使
“我于2月11日抵达华府,这一天是日本建国之日。
我到任后,美国在改善防务和援助英国方面的形势逐渐趋于白热化,最近他们越来越重视防务,据说不久的将来甚至可能参战。
我刚来日本时,对日本有各种担心,但最近,由于日本是轴心国的一员,随着美国备战的加强,日本的处境也越来越困难。
在日本国内,国内外形势也日趋紧张,我认为这是一个需要各国更加齐心协力的时代,所以我在华盛顿衷心祝愿大家身体健康。
[2]南仏印に陸海指揮官会見 00:54
陸上部隊に引き続き我が艦隊は11日、サイゴンに入港。
翩翻(へんぽん)と大軍艦旗を南の風になびかせておりますが、12日朝、仏印派遣軍指揮官飯田陸軍中将は、帝国軍艦に海軍最高指揮官を訪問。
仏印共同防衛に関する重要協議を行いました。
南方問題に関連して、英米のデマ宣伝いよいよ盛んなる折から、大亜細亜共栄圏を守る我が陸海軍は厳然として皇軍の威容を内外に宣揚すると共に、現地両将星のこの会見によって今後の情勢に即応する万全の対策が確立されたものと信ぜられます。
继陆军之后,我舰队于11日抵达西贡港。
12日上午,舰队的旗帜在南风中飘扬,法属印度支那特遣队指挥官饭田陆军中将在帝国军舰上拜访了海军司令部。
双方就法属印度支那联防问题进行了重要讨论。
由于英美在南方问题上的造谣愈演愈烈,相信保卫大亚洲共荣圈的我陆海军正在国内外坚定地宣示着帝国陆军的威严,而此次两位将军的会晤,也为应对未来局势确定了万全之策。
[3]仏印に散華した友を弔う<陣中通信> 00:51
(仏印)
7月30日、爆弾を抱いて北部仏印と支那との国境に自爆散華(さんげ)し、護国の神となった松村大尉、上原曹長の英霊を弔うべく、僚友、スズキ中尉とタニ中尉は心づくしの花束を積んで両勇士自爆の地に向かいました。
ここに在りし日の戦友の武勲をしのび、その冥福を祈るとともに、仇敵(きゅうてき)撃滅、聖戦完遂の誓いをいよいよ固くしました。
7月30日,战友铃木中尉和谷中尉带上一束鲜花,前往两位英雄自爆的地方,悼念在北佛印和中国边境用炸弹自爆而成为护国之神的松村大尉和上原中士的英灵。
在这里,他们缅怀战友的事迹,祈求战友安息,同时立下了消灭敌人、完成圣战的坚定誓言。
[4]中支海軍飛行基地<陣中通信> 01:19
(中支)
重慶連続爆撃の歴史的偉業を完成した海の荒鷲、地上部隊の悠々たる陣中風景。さて、何を始めるのでしょう。
[5]南支鉄道の復旧作業<陣中通信> 00:46
(南支)
炎熱実に130度、南支那の前線にも営々として建設の難事業が続けられています。
これは暴虐支那軍の破壊した鉄道の復旧作業で、新しく建設するとほとんど同じ苦心が払われております。
我が鉄道部隊の勇士は夜に日を継いで工事に従い、今は平和にかえった広東を基点に遠く前線へと鉄路は伸び広がり、南支の住民からも非常に喜ばれております。
[6]仏印進駐の永沢部隊<陣中通信> 00:56
(仏印)
南仏印に進駐して臨時兵舎に入った我が永沢部隊の陣中生活のお便り。お行儀よく並んでいただくのは、お菓子ならぬ苦いマラリアの予防薬です。毎朝の体操もこの通り、そろって元気よくやっています。どんなに暑くても訓練は厳重で、土人たちの目を見張らせています。また自転車の手入れも暇暇(ひまひま)に行われますが、これも命令一下、てきぱきと片付けます。なにぶん猛烈な暑さですから、お洗濯はどっさり。そうしてドラム缶のお風呂に入って、一日の汗を流すのはなかなかよい気持ちです。
[7]江上飛行隊 景徳鎮急襲 02:05
海軍江上飛行隊の精鋭は8月の熱風をついて、連日、湖南及び江西に出動。
第9戦区の敵陣を猛爆しつつありますが、地上整備員は大地も焼ける猛烈な暑さにもめげず、整備作業に余念もありません。
整備を終われば早くも出動。滔々(とうとう)たる揚子江の濁流に愛機を引き入れ、今日もエンジンの調子はよしと、乗組員の武運を心から祈ります。
かくて峨々(がが)たる山岳を眼下に再建途上の敵陣目指して堂々と進撃。
ゆくゆく江上の敵ジャンク軍に機銃掃射を浴びせ、これを覆滅。
さらに進んで敵の要衝、景徳鎮の上空に迫り、兵器工場、軍需品倉庫に巨弾の雨を降らせ、その抗戦力に致命的大打撃を与えました。
海军江上飞行队的精兵强将们趁着八月的热风,每天出征湖南、江西等地。
敌军第九战区的阵地遭到猛烈轰炸,
地勤人员丝毫不畏惧炙烤大地的酷暑,对维护工作毫不懈怠。
维护工作一结束,飞机就已经开始行动了。
飞机被拉入滔滔长江的泥水中,发动机今天又恢复了良好的状态,机组人员真诚地祝愿他们好运。
于是,飞机伴着脚下的群山,雄赳赳气昂昂地向还在重建的敌营进发。
飞机遭到河岸上敌军的机枪扫射,劣质的敌军最终覆灭。
再往前,它逼近了敌人的据点景德镇,向武器工厂和弹药库倾泻着巨大的子弹,给敌人的防御能力以致命的打击。
