吴新荣日记>19410724
林瑞宝君を欢迎す。
昨日、寿山が东京から二年振りに归って来た。
大学に入っただけに大人振って见えるようになった。
学生だけに几分か瘦せては见えるが、その长大な体格は赖もしく见えた。
围棋もやるも柔道もやって相当な腕前と云ふから二年前と比べて大きい飞跃だ。
国卿はあの样な性质だし、寿坤は尚未知数だから、今の所この寿山は唯一の协力者に成り得るのだ。
この人だけは少くとも自分より高き知性を持たせる必要がある。
本夕の午后六时、学甲の谢谦博君が自分の求めに应じて来て下れた。
西港に新任して来た吾等の同窗であり且つ又彼の同期である林瑞宝君を欢迎する为である。
七时发のバスで西港に乘り合わせ、台南に着いてすぐ松竹へ行ってランチを摄った。
それから招仙阁へ行って少らく饮んだらもう时限なので、大和ホテルに宿ることになった。
林君は台中の产で自分のずっと后辈であるが、非常に快活であった。
彼が来任することに依って医师会に于ける吾々の地位が一段と高くなった。
即ち今の所王乌硈、吴丙丁、黄清舜、谢谦博、黄吉山、颜添德等の六氏が吾等の支持者になり得たが、彼と自分を合せて八名となり、医师会に于いて完全に三分の一以上の势力を得ることが出来た。
この三分の一と云ふ势力は街协议会に于いても略同じである。
街协议会に于いては内地人と[を]中心とする元老派、郑国浈氏を中心とする实力派、そして吾々を中心とする青年派等が略鼎立の形だ。
佳里に开业して以来已に十个年になったが、これしかない地位だけを获得してゐるのは悲しきことでもあり、耻ずかしきことでもある。
要するに吾々の名誉欲にも拘らず、吾々が人间として余りに小さきを今更感ずるものである。
欢迎林瑞宝【1】君。
昨天寿山两年来首次从东京回家。
进了大学,现在看起来已有大人模样了,当学生看起来会瘦些,但高大的体格令人可喜,学会围棋、柔道,有相当本事,和两年前比,进步很多了。
国卿还是那个老样子,而寿坤仍是未知数,所以寿山应可能成为我未来的助手,一定要他比我自己持有更高的知性才可以。
今天下午六点,学甲的谢谦博君应我招唤而来,是为了要欢迎到西港新任职的同窗,又是他的同期生林瑞宝君,约定在西港搭七点巴士一起到台南。
到达后,先到松竹吃便餐,然后到招仙阁喝酒,营业管制的时间很快就到了,就同赴大和旅社投宿。
林君出生于台中,是年轻的后辈,个性明朗,常保笑容。
他的到任,使我在医师会的辈分更高一层,现今的王乌硈、吴丙丁、黄清舜、谢谦博、黄吉山、颜添德等六位都是我的支持者,加上他和我自己共有八人,在医师会中占了三分之一以上的实力。
此三分之一的实力,在街协议会中也一样是实力。
街协议会中以内地人为中心的元老派、以郑国浈为中心的实力派、以我们为中心的青年派等,略成鼎立状态。
在佳里开业,已进入十个年头了,得到的社会地位仅止如此,既感可悲,又感可耻。
不管我的名誉欲望如何,至今仍深感做为一个人还是这么渺小。
【注】
【1】林瑞宝:台中县人,为吴新荣东京医专之后辈,任职西港组合医院医师。
