年月日:1941:19410708:19410708-h-roc-s27-006-吴新荣日记



吴新荣日记>19410708

昨夜、部落会结成式から归って后、酒卖捌所に行った。
丁度郭秋煌、庄德信、森佐一、杨万禄诸君が麻雀を斗ってゐた。
森氏は大败を吃して逃げた后、自分は代りに一战を试みた。
何故なれば郭、庄两君とは昔より麻雀道の仇であった。
徐清吉君と共同战线を张った为め、气が大きくなった为めか、头环は一万数千点胜った。
胜ったら最后二环、三环、四环とうとう今日の夜明け迄やった。
二环は二三千点负け、三环は一万点近胜、四环は七、八千点负けだった。
结局一万五千点位胜ったので、その内の约三分の一の实绩を徐君に山分けして上げて归って来た。
今朝は睡眠不足、疲劳困惫の内に诊疗してゐる时に、谢得宜君から余り芳しからんことをきいた。
即ち街から郡に奉公会街分会生活部长に推荐した所、郡では医者は忙しいからと云って高锦德氏に任命したとのことだ。
鳗香ひだけかかせたわけで、实に人を餐った话だ。
元々こちから进んでなりたいと赖んだわけではないが、反对的な立场にある高氏にやるのは又人を马鹿にした话だ。
街ではこれ辩明に力めてゐるが、郡の本意は又合点する迄には行かない。
若しも不纯な所でもあれば、折角の全民运动の将来も思ひやられる。
自分には多忙であっても民众の文化的指导には国策に协力する用意を持ってゐた。
然しこんなに愚弄されては自分はやはり自分の途に[を]辿るより外に方法がない。
夕方に奉公委员の辞令が[を]届けて来たが、自分は之を担当する自信が[を]已に失ってゐる。
总ての社会的行事が[に]已に兴味が冷っ[め]たのをどうすることが[も]出来なかった。
夕方、信用组合の第02日目の监查に行った。
これで全部が终ったわけだが、自分は第一回だから何も文句を言ひたくなかった。
同僚格の高文瑞街长は老练家だし、郭水潭郡技手はその途の专门家だから彼等に任し切った。
监查后、劝业课の商工系员も招待して一同富士阁へ行って小宴を张った。
疲劳してゐる时はアルコールがよく回るのには弱った。
组合の宴会が济まんとする时に、别室に来客があると告げて来た。
行って见ると徐清吉、陈培初、河崎又一、高石珠诸氏が会食してゐた。
(后で曾对君が加って来た)陈君が台北から归って来たばかりださうだが、彼には失败を重ねた矿山の权利金を五万圆卖った噂がある。
若しも事实だったら吾等の仲间に、又一人浮び上ったわけだ。
昨天晚上,部落会成立式结束后,到酒配销所去,看到郭秋煌、庄德信、森佐一、杨万禄等几位在打麻将,森氏大败而逃,我取而代之一试。
不知何故,我和郭、庄两位是昔日以来麻将道上的仇敌,便和徐清吉建立共同战线,大张气焰,第一回大胜一万数千点;
接着四回合,竟打到天亮,二环输二、三千点,三环近胜一万点,四环输七、八千点,结局是胜一万五千点左右,把其中的三分之一的实绩分给徐君,散场回家。
今天早上,在睡眠不足且疲劳困惫的情况下,为病患看病时,谢得宜君带来令人不愉快的消息,由街推荐给郡奉公会街分会生活部长一职,郡方认为医生太忙,转而任命高锦德氏担任。
只闻到鳗香,而未咬到一口,真是吃人够够。
本来就不是自己积极想参与的,事后又换给反对派立场的高氏,真是把人当傻瓜耍得团团转。
街方面,竭力为我辩护,但郡方面的本意我无法理解。
如果有什么杂音,为了全民运动的将来,我可体谅。
纵然我工作很忙,对于民众的文化指导,已准备好协力为国策而努力。
然而如此地被愚弄,我还是折回自己的正途为佳。
傍晚,奉公会委员的派令已送达,但我已失去担当此职的自信。
一切的社会行事,兴趣全部冷却了,不想再做什么。
傍晚,参加信用组合第二天的监查,工作应告完成,我是第一次参与,没有说甚么埋怨的话。
同事的高文瑞街长是老手,而郭水潭是此途专家,所以完全交给他们了。
事后也招待劝业课的商工课员,同赴富士阁设小宴请客。
疲劳的时候,酒精在体内循环很快,不胜负荷。
宴会将散时,别室有来客,是徐清吉、陈培初、河崎又一、高石珠等几位在聚餐(稍后曾对君也来加入)。
陈君刚从台北回来,据说他把一再经营失败的矿山以五万元转让出去了。
如果这是真的,那么我们伙伴中,又有一人浮现台面了。

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