吴新荣日记>19410629
闲かな日曜である。
天气は晴れ渡ってゐる。
然し蒸し暑し、暑苦しである。
后もう01日で、今年の上半年を[が]过ぎようとしてゐる。
この期に吾々は反省すべきことが四つあった。
先づ、吾々は天下の不孝儿となったことだ。
母は吾々の苦しい程でなくとも一杯一杯の经济状态を理解し得なかった。
それで事々妻といさござが出来て、遂に将军へ归って行った。
その后、屏东にも行ったが已に二ヶ月以上经过したであらう。
然し自分はこの不自然な状态を整复する气力も、气持もなかった。
この大きな不幸の中に、自分は何等确固たる方针をも立てることが出来なかった。
次は、子弟に对する教育である。
东京にをる寿山と雪金は学资を切りつめて送ってやればいいが、寿坤と南星は每日侧にあっても、それを指导することができな(か)った。
寿坤は相变わらず劣等生であるし、南星はいつも迟れがちだ。
已に半ケ年もたまった杂志は昨今で大体かたついたから、これから彼等の为めに少しめんどうを见るべきである。
夏休みも近いから、その间にうんと仕迂んでやらう。
次は自分の本职に对する勤励である。
地盘が固まってゐたとしても、又[未だ]耀[跃]动し得る余地がある。
旧い医者と云はれ(て)も、吾辈は又[未だ]若いのだ。
もう少し真面目に诊疗に尽くさねばならない。
こんな状态が续けば、その先は以って察すべきだ。
只一つの为めに、而して最大の目的を忘れずに。
最后に、社会的进出に关する问题である。
この无理な社会的进出は前项の本职に恶影响を及ぼしていることは勿论であるが、而も吾々の经济的根底のなき、社会的进出は结局政治的根底の不安定さを来たすものである。
それが结局吾々が败北の苦杯をなめねばならないことになるのだ。
昨今の如き、连续的败北は之を何んと见るか。
昨年末の州议(方沁)の落选、前日の医师会长(王乌硈)の落选、それから来る皇民奉公会郡支部委员の选出漏れ等である。
これらは总て吾々の经济的薄弱さに依る、发言权の无力に因るものである。
然しもっと一步进んで考へねばならないことは、吾々の社会进出に依る时间の浪费である。
昨日の[は]信用组合の役员会があったし、明日に[は]又水道会议がある样な状态だ。
ともかく社会进出と云っても限界を定めねばならない。
经济的基素[础]を考虑に入れて。
悠闲的星期日,晴空万里,气温却很高,闷热不堪。
再过一天,今年的上半年就结束了,在此期间,有四件事得做个反省。
首先,我已变成天下之不孝子,母亲不了解我苦闷的经济状况,因此事事与妻子有所摩擦,终于返回将军去了。
之后,到屏东去,已过了两个月还没有回来。
然而,我对此不自然的情况,就连挽回整顿的气力和心情都没有。
在此不幸之中,我无法想出确定的方针。
其次是对子弟的教育问题;
对于在东京的寿山和雪金的学费,可撙节家中的费用,寄钱过去。
而寿坤与南星,虽在身旁,也无法亲自教育他们。
寿坤一直都是成绩低劣,南星则经常跟不上进度。
累积半年的杂志,到昨天也差不多整理完毕,此后应挪出时间,加强对子弟的照顾及教养。
暑假快到了,有更多时间好好教导他们。
其次是本职上的自我鞭策。
虽说业务地盘已稳定,但还有发展的空间。
虽被称为老医生,但我还年轻,非更认真地尽力于诊疗工作不行。
如果以目前状况继续下去的话,理应放眼未来,多多观察。
别只为了一件事,而忘却了大目标。
最后是进出社会的问题。
勉强的社会参与,一定会给本职带来负面的影响,这是毋庸置疑的。
何况我还没有经济基础,结果社会的参与,只会招来对政治基础的不安定,最后一定备尝满杯败北之苦酒。
就如最近的连续败北,应有甚么样的看法?
去年年尾,州议员(方沁)的落选;
前日,医师会会长(王乌硈)的落选;
还有即将到的皇民奉公会【1】郡支部委员之没有被提名等,这一些皆因为自己的经济能力脆弱,发言权的无力所导致。
然而必须更深入考虑的是,进出社会所导致的时间浪费。
例如,昨天的信用组合役员会,明天又有水道会议。
总之,社会进出也该定出一个界限才行,即以经济的基本因素先做考虑。
【注】
【1】皇民奉公会:1941年4月19日成立。
基于“台湾一家”之理念,把所有人力纳入决战体系。
长谷川清总督兼任总裁,总务长官为中央本部长,各州、厅、市、郡、街、庄均设支部及区分会,最下层为部落会、奉公班。
1945年6月因国民义勇队成立,奉公会与保甲制度同时废止。
