日本ニュース 第54号
1941年(昭和16年)6月17日
[1]天皇皇后両陛下 多摩陵に行幸啓 01:08
天皇皇后両陛下には、6月10日、緑色濃き多摩御陵に行幸啓あそばされ、親しく大正天皇の御神霊に御拝あらせられました。両陛下御同列での御参拝は、昭和11年の大正天皇十年式年祭以来の御事と拝します。
[2]臣道完遂の誓中央協力会議開く 01:51
大政翼賛会、第1回中央協力会議は6月16日から東京、丸の内の本部で開かれました。まず今泉定助氏の誓い。
<今泉定助>
「誓い。我らはかしこみて大御心を奉戴(ほうたい)し、和衷協力を以て大政翼賛の臣道を全うせんことを誓いまつる。」
近衛総裁の挨拶。
<近衛総裁>
「今回、第1回中央協力会議を開催するにあたり、各位のご会同を得ましたることは、私の最も欣幸(きんこう)とするところであります。大政翼賛運動の目的は、未曽有の非常時局に際会し、一億国民各々(おのおの)が皇国民たるの自覚に立ち、全力を挙げて奮起し、万邦無比の臣道実践体制を確立するにあるのでありまして、我が国におきましては、高度国防国家体制は、かかる力強き臣道実践体制の確立によってのみ、初めて実現できるのであります。
[3]金光厚相 日立鉱山を視察<週間話題> 01:15
地下数千尺の坑内で、金属増産に黙々と敢闘する鶴嘴(つるはし)の戦士を励まし慰めるために、6月11日、金光厚生大臣が茨城県の日立鉱山を訪問しました。
(金光厚相鉱山視察の様子)
ヘルメット型安全帽も勇ましい金光厚相は、地下にくぐって鶴嘴(つるはし)の戦士の活躍ぶりを親しく視察。「やあ皆さん、御苦労さま。諸君の職場は第一線の戦場とまったく同じことだ」と激励。優しく慰問すれば、鉱師も感激するという美しい情景を描きだしました。
選鉱場では真っ黒になって働く職場の乙女たちに感心し、心からなる激励の言葉を送りました。
[4]富山の田植え<週間話題> 00:45
富山県白萩村の谷部落で、アワラと呼ばれる田植えが今行われています。ここは昔、噴火口であったと言われ、地上からわずか2尺が泥土。その下には水があり水底には昔倒れた材木が横たわっているという、ちょっと田植えなど想像もできないところですが、部落では女の人ばかりで、水底の材木を足がかりにして毎日1時間の田植えを行っています。尊い増産への姿です。
[5]貯蓄奨励の移動新聞<週間話題> 00:33
聖戦完遂に、銃后一億の心をしっかり固めようと、あれこれプランを練っている翼賛会から、今度街頭の移動新聞と、店先や工場にはりつける壁新聞が発行されました。その第====== 日本ニュース 第1号 ======は、135億貯蓄への進軍譜。
[6]海鷲猛威を発揮 大挙重慶連爆 01:38
06月の声を聞くとともに、我が海の荒鷲は猛然とその矛先を重慶に向けました。朝もやたなびく空軍基地。出動準備を整えた荒鷲たちは鋭気颯爽(さっそう)。すでに敵首都を呑(の)むの概あり。
(海鷲飛行の様子)
空は晴れたり、絶好の飛行日和。敵の防衛砲火もなんのその。腹が減っては戦はできぬとばかり、我が勇士たちは悠然と爆撃前の腹ごしらえです。
かくて重慶上空に達し、痛爆に次ぐ痛爆、敵首都の心臓部に巨弾の雨を降らせました。今や重慶の政治の重要地帯は我が海陸の荒鷲のため、完膚なきまでにたたきつけられ、ついに恐怖に取りつかれた民衆並びに外人筋では、蒋介石に対して真剣に遷都を促すに至ったと伝えられております。
[7]汪精衛主席 訪日の途へ 02:19
中華民国国民政府主席、王精衛氏は新政府樹立以来、我が朝野から寄せられた好意に応えると共に、日華両国の友好関係をより一層深めるため、6月13日、板垣支那派遣軍総参謀長をはじめ、日華軍官民多数の盛大な見送りの中を、徐外交部長、林宣伝部長、周財政部長らを従え飛行機で南京を出発、上海へ向かいました。
上海へ到着した王精衛氏は堀之内総領事、太田公安委員長官以下、軍官民の出迎えを受け、直ちに上海碼頭に横付けされた郵船八幡丸へ向かいました。
嶋田支那方面艦隊司令長官は、八幡丸に王精衛氏を訪問、親しく歓送の挨拶を述べ、杯を挙げて王氏の健康を祈りました。
かくて14日、午前11時東亜新秩序建設への使命も重く、王精衛氏を乗せた八幡丸は静かに碼頭を離れ、朝もやの中を一路日本へと向かいました。
