年月日:1941:19410603:19410603-h-roc-s27-006-吴新荣日记



吴新荣日记>19410603

午后七时、公会堂で第二回の佳里恳话会を开催するので出席して见た。
どうせ语るよりも饮む方の社交的な会合であるから余り期待が持てなかった。
开[解]散后、李荣阶、谢得宜、郑国浈诸氏と富士阁で二次会をやらうとする时に、本日の恳话会の当番干事たる周约典、陈金富、高石城诸君及び高文瑞、小松原两氏が公会堂で残ったビールを携えてきたので、又大いに饮んだ。
その间に别室に来てゐる杨万福、李瑞池、魏顺治と合流したが、时限が来たので场所を西美楼の主人宅に移し、又そこで大いに饮んだ。
殆んど六时间も饮み续き、その间色々な人と入れ代わって应酬したが、昨夜、徐清吉君と围棋して大分睡眠不足であったにも拘らず、余り疲れを感じなかったのは不思议である。
アルコールのカロリーと人间的情热がさうさせた(の)であらうが、吾等はそこに吾等の若さをはっきりと认めることが出来る。
社交的に即ちお付き合の为めに、最初はあの老人辈やくだらない人々に对しても、やりとりしなければならないのは苦痛であるが、最后迄一绪に饮み续けた若者との欢谈は痛快である。
下午七点,在公会堂进行第二次佳里恳谈会,我便出席看看情况。
与其说是恳谈,不如说是社交性的喝酒聚会,没什么可期待的。
散会后,与李荣阶、谢得宜、郑国浈等相约到富士阁继续第二次聚会时,正好遇到今天主办者的干事周约典、陈金富【1】、高石城等人和高文瑞、小松原两氏把在公会堂留下的啤酒搬过来了,于是一起大喝一场,在别室的杨万福、李瑞池【2】、魏顺治也凑过来,一起一直喝到营业管制的时间,只好转移阵地。
移师到西美楼老板家继续奋战,一直到清晨六点。
尽管昨夜下棋而睡眠不足,竟无疲累之感,真是不可思议。
也许是酒精的热量,以及友人们的热情所致,在这情况下,我们清楚地认知我们还很年轻,而且有活力。
所谓的社交,也就是为了交际应酬,不得不和老一辈的或无聊人士坐在一起交谈,这是很痛苦的;
不过最后和一伙有活力的青年同辈畅谈饮酒,真是痛快。

【注】
【1】陈金富(1909-?
):屏东平埔族人,迁居新营郡。
九州帝国大学医学部医学科毕业。
后于佳里街开医院。
战后任台南县医师公会第六、九、十届常务理事。
【2】李瑞池:台南县佳里镇人。
日本名为木山明彦。
台南州立台南二中毕业。
曾任佳里街役场书记、助役、代理街长。
战后曾任佳里镇镇长12年。

年月日/1941/19410603/19410603-h-roc-s27-006-吴新荣日记.txt · 最后更改: 2025/07/26 11:53 由 127.0.0.1