吴新荣日记>19410405
荣宗任官法院通译。
寿山合格明治大学。
昨日から急に猛夏の如き[く]暑かったが、晚になってから风が吹いて几分か凉しくなった。
これは清明の节句から来た季节的变动であらう。
この季节的变动に对して人间は自然の神秘として理解し、その神秘を祭る意味に于いて清明节を行ふのだと思へば间违いがない。
今日はこの人间の我尽な习惯に从って、吾等も春饼を作って家族の乐しみとした。
晚になって、寿山が明治大学の经济科に合格したと知らせて来た。
この明治大学の出身者たる植村荣宗氏からも任官したと今朝知らせてきた。
延陵家としては始めての文官であるからやはり喜ばざるを得ない。
然し、寿山を教育させてやるからには文官以上に又医师以上に仕立てやらなければ意味が[を]なさない。
荣宗【1】任官法院通译。
寿山明治大学合格。
昨天开始天气炎热有如盛夏,到了晚上才有阵风,感到几分凉意。
这或许是清明节而来的季节变化吧!
由季节的变化,人们理解到大自然的神秘,为了祭拜这种神秘,而产生了清明节之风俗,这样推想应该是不会错的。
今天随着人类自以为是的风俗,我家也包春饼【2】,享受家族生活的乐趣。
晚上,收到通知,得知寿山考上了明治大学经济科。
今天早上也收到通知,得知同样明治大学出身的植村荣宗氏被派任官员。
这是延陵家第一个担任文官的成员,当然欣喜万分。
而把寿山至少培养成文官,或至少成为医生,这样才算有培养子弟成材之意义。
【注】
【1】荣宗:吴荣宗(1908-1979),台南县将军乡将富村人。
吴萱草堂弟,吴新荣的堂叔,而情似手足,为沤汪公学校及台湾总督府商业专门学校豫科同学,1925年曾结伴东渡日本冈山黉中学留学。
后自明治大学法科毕业。
返台后曾任法院推事,辞职后为开业律师。
【2】春饼:台语,念tshun-piáⁿ。
又称润饼,即清明节所吃之春卷。
