吴新荣日记>19410330
昨夕、黄吉山君の开业准备として药品を买ふ为め、台南に向ひ、福利商店で黄干叔と落ち合ったが、吉山君が来なかったのでどうすることも出来なかった。
それで小学校长や级主任への礼物や《コクミン二年》及び《幼稚园》を求めた后、三黎商行で陈清汗君と郑国津君を访ねた。
そこで国津君の洗尘をするとて、天国へ行って一杯饮み、薰り高い氛围气を[に]浸ってから三泰に归って寝た。
その时から风が强くなった为め安眠が出来ず、今朝早く起きて归途に就いたが、途中からだんだん冷くなり雨さへ降る样になった。
佳里に归って来て、まもなく一昨日子供を连れて墓参りに里へ归った妻达も归って来たので、家内は又急に赈やかになった。
午近く、彰化银行の谢朝安君が台南から访ねて来て、来月上旬に东京に旅行して来ると云ったが、この友には见送ってやる必要があると思った。
午过ぎ、六甲の车が来て子良庙に运んで下れて、林泮先生の第二子结婚披露式に赴いた。
この地方の旧家がやはり时势の波に押されて极めて简素な结婚式を营んだが、それで却って非常に似合った气がした。
そこで昭川义兄に会ったので佳里に诱って来て、久し振りに杯を倾けてこの寒い半日を霭々里に过した。
昭川兄は久し振りに佳里に来たので、富士阁からコックを呼んできて料理を造り、又丁度大友氏が来たのでよい相手が出来て心适く迄饮んだ。
寒くて冷い01日であるが、乐しい日でもあった。
昨夕,因黄吉山君准备开业,我要帮他购入药品,专程到台南去。
在福利商店和黄干叔相约见面,但吉山君却没有来,什么事都不能做。
因此我就去买些礼物,准备送给小学校长和班级主任,还买了《国民二年》【1】和《幼稚园》。
之后到三黎商行拜访陈清汗君和郑国津【2】君。
为了替国津君洗尘,就一起到天国咖啡屋喝杯酒,大家都陶醉在高昂的友情气氛中。
之后到三泰住宿。
就从那时起,风越吹越大,无法安眠。
一大早起床后就回佳里,途中越觉寒冷,好像要下雨的样子。
到家不久,前天带小孩回乡扫墓的妻子也回来了,家中立即呈现热闹的景象。
近午,彰化银行的谢朝安君从台南来访,他说下个月上旬要到东京旅行一趟,我想我有必要为他好好地送行。
过了中午,六甲的车子来了,载我到子良庙参加林泮先生的第二公子的婚宴。
这地方上的旧家庭免不了受时势之波及,结婚典礼也显得简素。
不过,反而使人觉得很适合。
宴会结束,邀昭川【3】内兄一同到佳里来,好久没这么喝过,在此微醺情况下过了半天。
因为昭川内兄好久未到佳里来,所以从富士阁招来厨师准备佳肴以待嘉宾,正好大友氏来,有了对手,心情愉快的喝酒。
寒冷的一天,也是非常愉快的一天。
【注】
【1】《国民二年》:供小学二年级学生阅读之课外读物。
【2】郑国津(1910-?
):台南县佳里镇人,公学校高等科毕,曾任台北州肥料试验所产业技手。
“台湾文艺联盟佳里支部”同仁。
新诗作品有〈不安的星座〉等。
【3】昭川:即毛昭川(1904-1963)。
台南县六甲乡人。
吴新荣的内兄(大舅子),台北医专毕业,内儿科医师。
战后曾任六甲乡民代表会主席,六甲乡农会常务理事,台南县议会第二届县议员。
元配为曾海棠;
继配为林秀鸾,即林泮之长女,林芳年之大姊。
