吴新荣日记>19410102
年收¥16,730.61。
昨夜は一家、东京の寿山を除いて十六名、父亲を中心に围みて长き旅の话题に花を[が]笑き、今朝の二时に至って始めて休んだ。
即ち大人六名、学生徒三名(寿山と合わせて四名)、小儿七名で其他雇及来客と合わせて二十一名の大家族である。
今朝から父亲の归りを知った朋友知人が续々访ねて来て语って行った。
昼饭には黄干叔、林枪叔、杨仟舅公等を围んで杯を倾けた。
晚になって、父亲は始めて国卿の实情を话して下れた。
やはり大陆だけあって话も大きいのである。
こんな转换期には当然风云儿たるべきだが、惜むらく弟には才能が无き[さ]过ぎるのである。
旅团长になったり密输入团を组织したり、色々失败を重ねてゐたとのことだ。
例へ战争の现地とは(いへ)余り感心したものではない。
然し、弟は已に相当な地盘と背景を作った样である。
こうなった以上、も早や弟をこの偏乡に押し迂められないだらう。
原料委员に对する计画は、これで泡に归するかも知らないが、とにかく又叔父も混へて商议しよう。
昨年の年计を取って见ると、总收入は一万六千七百余圆に上った。
これは未曾有の增加であるが、物价即ち药价の高腾に依るものである。
然し、药品代五千余圆があって、前年より五百圆ほど少なかったのは药品の缺乏に依るものである。
但し、总患(者)一万五千六百余名があって、约六百余名减少したことは、注意すべきことである。
年收¥16,730.61。
昨夜全家,除了在东京的寿山之外,有十六人团聚围炉,以父亲为中心,听他述说这次长途旅行有趣的见闻,一直到半夜两点。
家中成员有大人六名,学生三名(加上寿山是四名),小孩七名,再加上佣人、来客,计二十一名的大家族聚会。
今天早上,有些亲戚朋友知道父亲回来了,陆陆续续地来访,谈些趣闻之后就走了。
午餐时,和黄干【1】叔、林枪【2】叔、杨仟【3】舅公等喝了几杯酒。
晚饭时父亲才提起一些国卿在大陆的生活实情,大陆就是什么都大,连说话也是大话。
际此转换期的时局,理应表现出风云男儿本色,只可惜这个弟弟太无才能了,做的是旅游团团长,或干走私团的勾当,一直重复着种种的失败。
就算是在战地,也叫人不敢领教。
虽如此,弟弟似乎已拥有他在大陆一段时期间所形成的地盘和背景。
叫他回来呆在这小小的乡下地方,可能已不适合。
本来安排的糖厂原料委员一事,可能也会泡汤了。
此事得找叔父来和家人再做商议才行。
拿出去年的年收研究一下,总收入达到一万六千七百多圆,这是未曾有的收入额,部分原因是物价的上涨,药价也提高。
药品费占五千余圆,比去年少了约五百圆左右,这是因为药品缺乏所致。
不过,病患总人数约一万五千六百余人,比去年少了将近六百余人,必须有所警惕。
【注】
【1】黄干(1895-?
):台南县七股乡大寮人。
曾任七股庄保正、七股庄协议会员、佳里渔业者信用贩卖购买利用组合常务理事。
1946年当选七股乡乡长。
【2】林枪(1899-?
):台南县佳里镇人。
吴新荣祖母的侄辈。
曾任区委员、实行小组合长、公学校训导、保正。
【3】杨仟:台南县佳里镇蕃仔寮人。
为吴玉瓒侧室之弟。
