吴新荣日记>19390618
台湾商专同窗会(昨日)。
昨日の午后三时、台南行きのバスに乘り迂んだ。
すると、中から吴さんと呼び挂けられたのだ。
よく见ると、商专の出身者の黄敦修君であることが段々分かって来た。
彼は台南では十四年ぶりと云ふので、やはり同窗会に出席するとのことだ。
台南に着くとすぐ会场の招仙阁へ行って见た。
出席者は三十名も近く未曾有の盛会ださうだ。
六年振りの开会だから怀かしくないでもない。
殊に林茂生先生、黄演渥判官等を始め、商专时代の亲友が殆んど出席してゐるのも乐しかった。
それに学校时代の习惯、性质が丸出しで语り合ふのも面白かった。
宴会に先立ちて会の基金及将来について协议したが、この会は三十年か四十年の后になれば自然消灭になると思へば淋しかった。
散会后、台南在住者が招待すると云ふので、皆でカフェー天国へいった。
それで[が]济んだ后黄百禄君と黄奇珍兄だけ三人で彼等の爱の巢を访ねながら町を步いた。
丁度、雨が来たので、松竹カフェーへ入ってサシミやビールで话题を转换した。
雨もやんだし、刘景星氏が第一カフェーにをると云ふので又そこへ行った。
三时迄饮み续いて主客共に疲れたので各自家路に着いた。
奇珍兄の宅で夜を明かして见ると雨は又续いてゐる。
雨の中を突いて毛昭癸兄の宅を访ねて、京子の病状を见舞いした。
大分いいので金一封をおいて佳里に归って来た。
晚、郭水潭君、陈培初、徐清吉三君が访ねて来た。
共に麻雀を迟くまでやった。
台湾商专同窗会(昨日)。
昨天下午三点,搭上开往台南的巴士。
一上车,车上有人叫了一声:“吴先生!”仔细一瞧,才慢慢认出是商专出身的黄敦修君,他说已十四年没到过台南了,这次也是要去参加同窗会的。
到达台南,直趋会场招仙阁,出席者多达三十几人,未曾有的盛会。
六年来的第一次开会,大家还是很怀念。
尤其是林茂生老师、黄演渥【1】判官等,以及商专学校时代的亲近的友人几乎都到了,真是高兴。
大家都会谈到学生时代的生活习惯、性质,话题都很有趣。
宴会之前,讨论到本会的基金及将来的方向。
想想这会在三十年、四十年之后,将会消失无踪,心中茫然。
会后由居住台南的老同学请客,到天国咖啡屋去。
散会后,和黄百禄、黄奇珍兄三个人去拜访他们的爱巢。
在街上散散步,正好下雨,就走进松竹咖啡屋吃生鱼片和喝啤酒聊天。
刘景星在第一咖啡屋,去会合后,喝到三点多,大家都累了,各自回家。
住宿奇珍兄处,天亮后还在下雨,冒雨到毛昭癸兄处探访一下,并看看京子病况,已近痊愈,留下慰问金,就回佳里。
晚上,郭水潭、陈培初、徐清吉三位来访,打麻将打到很晚才结束。
【注】
【1】黄演渥(1902-1971):台中石冈人。
1920年毕业于州立台中第一中学校,同年考入台南商业专门学校,1923年毕业,就职于铃木商店香港支店,后因志趣不合辞职,前往日本求学,1929年毕业于日本东北帝大,同年高文司法科及格。
曾任东京地方法院检事、台北地方法院判官、1935年任台南地方法院判官。
