吴新荣日记>19390318
昨夜、郭维钟君の所を辞した时、已に活动写真の引け时限が迫ったので、急いで郭水潭君を[と]会ふ为めに宫古座へ行ったがとうとう会へなかった。
然し途中、黄百禄君と会ったので、检察局の内情を闻いた所、よく说明して下れた。
やがて一绪に黄奇珍兄を帝国商事に访ねたら、佳里の曾焕锵君の培[陪]宾として天国カファーに招待された。
酒も充分饮んだし、担面も食ったので一人で彼等と别れ、王先生の户をたたいて泊(ら)せて贳った。
今朝、佳里に归って来るバスに[で]郭水潭君に会ったので、色々な事を语った。
私は若し昨夜彼と会へたら二人だけで何处で饮みながらみっしり语るであらうと云った。
何故なれば、过去に对して何时でも良心的である私は、この现在の一瞬间でさへ自己を呵责することを拒む勇气がなかったのだ。
郭君は吾等に数人だけのがっちりした同士が不定期刊でもいいから纯文艺杂志を出したいと云った。
それは勿论政治的固执から解放され、乡土爱に立脚したものでなければならないものだと、私は答へた。
佳里に归って来ると、私は早速その要纲を草じて、世の良心的な文艺爱好者及び文明批评家にのみ赠呈することの杂志の将来に就いて考へた。
今日も患者が多かったが、昨日から疲れが愈えぬに拘らず、黄水龙氏の“请子胥”に招待されたり、徐清吉君と横谷巡查と一绪に西美楼等へ行ったりした。
昨晚离开郭维钟家时,电影已是快散场的时候,就赶到宫古座跟郭水潭君会合,却没找到人。
在途中遇到黄百禄君,问了些有关检察局内情,他详细地说给我听。
之后一起到黄奇珍兄之帝国商事访问,结果当了佳里曾焕锵的陪宾,被招待到天国咖啡屋,喝了很多酒,吃担仔面。
道别后,去王先生家敲门,借住一宿。
今晨回佳里的巴士上见到郭水潭君,在车上谈谈话,也谈昨天若能见到面,也许会去何处喝酒,并畅谈一夜。
过去一直是凭良心做事的我,在此刻连拒绝苛责自己的勇气都没有了。
郭君提案由我们几位同志出版不定期纯文艺杂志。
我答道:当然不用固执于政治论点,而应该落实于乡土爱。
回到家中,立刻起草其纲要,考虑杂志只赠送给世上有良心的文艺爱好者及文明批评家。
今日来看病的人相当多,昨日疲劳未恢复,还是去赴黄水龙氏的“请女婿”邀宴。
还和徐清吉君及横谷巡查一起去西美楼喝酒。
