吴新荣日记>19381118
朝起きて见ると、马鹿に晴れ切って气持のよい天气だ。
それにこの精力に满ちた元气な体は、どんな劳动にも耐え得る自身[信]を持って待机してゐる。
然し生活の粮である患者は案外に少ないのは、心を暗するに足りる。
冬に入った今时代は、今迄の样に五十名前后だと普通だが、今日の样に急に三十名位になると、折角张り切ったこの身は悲しくなる。
书物を读むことも程度がある。
又睡眠を取ることも程がある。
それからと云って、外へ出て游ぶことも出来ない。
せいぜい后の果树园に散策し、又传信鸠の世话をする位だ。
それで暇は大抵この三叠の座敷にくすぶることになってゐる。
この三叠は我が屋室の一部だ。
雪芬と南河が向侧のベットに休むに对して、南星と私はこの三叠に休んでゐる。
朱里は彼女の阿妈と眠ったり或は将军へ行ったりする。
今日の如きも岳母に连れられて六甲へ行かれた。
实にこの三叠は私の生活の本据であり、思索の中心である。
この三叠の南侧に大小二台の小机がある。
大きい机にはラジオ台をおき、小さい机には书类箱がおいてある。
そして南侧の壁に大きい时局地图が壁一杯に挂けてゐる。
この地图は事变直后に发行したもので、先日友人から贳ったものだ。
支那本部が全部入ってゐて、蒋介石军が全国的に配置した历史的なものである。
即ち左の如しだ。
蒋介石(南京、陆海空总司令)
白崇禧(总指挥官)
冯玉祥(北京、华北区总司令)
朱
德(绥远、第一路军)
阎锡山(太原、第二路军)
商
震(开封、第三路军)
张学良(西安、第四路军)
韩复矩(济南、第六路军)
何应钦(汉口、华中区总司令)
蔡廷楷(杭州、第七路军)
何成浚(湖北、第五路军)
李宗仁(广东、华南区总司令)
张发奎(福州、第八路军)
余汉谋(广东、第九路军)
龙
云(云南、第十路军)
现代中国拾杰:
一、蒋介石
二、汪精卫
三、冯玉祥
四、阎锡山
五、李宗仁
六、何应钦
七、白崇禧
八、毛泽东
九、朱
德
十、孙
科
この配置は实际的存在であったかどうかはともかく、而も现在は已に大なる变化と移动があったが、それでも当时の中国の总势を示すに足るものである。
この总势は结局何时かはこの地图から消えるであらう。
然しこの地叶图に记してある江湖都市や、そこに住んでゐる民族とその文化は永久に残るであらう。
これが吾等がこの地图を揭げる理由である。
如何なる美术品よりも、如何なる风景画よりも、吾等はこの地图を选んで揭げるであらう。
これは世界の大势を明示し、吾等の生活に[を]暗示するではなからうか、この地图はやはり生活の中心だ。
地图礼赞はこれ位にして、又これから生まれる子供の名前を检讨する必要がある。
亚姫子の秋は已に过ぎて今は冬になった。
而も亚姫の台湾的发音は余り俗(っ)ぽいとの点に于いて、南图も同じだ、南图は字划に于い
てもよくないし、南强の方がいヽかも知らん。
牡丹の大北胜に对して、茉莉の小南强の意味もあるからだ。
早上起床天气晴朗,好舒爽的天气。
以此精力充沛的健康身体,耐得住任何操劳的自信,随时待机行动。
但是生活之粮的患者意外的少,觉得内心笼罩着一片阴暗。
时已入冬,照理这时节一天约有五十人左右的患者上门,但今天却突然减少至三十人,好不容易今天精神百倍,相对地就感到有点悲凉。
要读书也有个限度,睡觉也是有个限度,也不能到外面逛逛,顶多在院中果树园散散步,照顾一下传信鸽而已。
空下来的时间只能闷在三个榻榻米的房间里,这三叠大的房间是我的卧房之一。
雪芬和南河在对面的床上睡觉,南星和我则在这三叠睡觉,朱里和她的阿妈睡,或到将军去。
今天则跟外婆到六甲。
事实上这间三叠就是我生活的据点、思索的地方。
三叠房间的南侧有大小两张桌子,大的上面放收音机,小的放书类盒。
然后,南侧的墙壁上贴了很大一张的时局地图,此地图是事变后就马上发行的,是前些日子朋友给我的。
支那本部都印在上面,也是蒋介石的军队布局全国的历史性地图,军队布局的状况如下:
蒋介石(南京、陆海空总司令)
白崇禧(总指挥官)
冯玉祥(北京,华北区总司令)
朱
德(绥远,第一路军)
阎锡山(太原,第二路军)
商
震(开封,第三路军)
张学良(西安,第四路军)
韩复矩(济南,第六路军)
何应钦(汉口,华中区总司令)
蔡廷楷(杭州,第七路军)
何成浚(湖北,第五路军)
李宗仁(广东,华南区总司令)
张发奎(福州,第八路军)
余汉谋(广东,第九路军)
龙
云(云南,第十路军)
现代中国拾杰:
一、蒋介石
二、汪精卫
三、冯玉祥
四、阎锡山
五、李宗仁
六、何应钦
七、白崇禧
八、毛泽东
九、朱
德
十、孙
科
此配置实际上是否存在,不得而知,反正如今已有大大的变动,或只是要显示当时中国整个情势之配置而已。
不过,这整个情势总有一天会从这张地图消失而去;
然而记录在地图上的江、湖、都市或住在那边的百姓是永久存在的吧。
这是我贴这张地图的理由,比起任何一件美术品、风景画,我还是会选择这张地图,它不仅明示了世界情势,也暗示了我们的生活。
这幅地图是我们生活的重心。
对地图的赞礼,就到此为止吧。
再来,我想对孩子的命名之问题做一番检讨。
亚姬子的秋天已过,现在已是冬天,而且亚姬的台语发音不雅,而南图也一样,字划不佳,可能南强较佳,与牡丹之大北胜相对地,有茉莉的小南强之含义在。
