年月日:1938:19381113:19381113-h-roc-s27-006-吴新荣日记
吴新荣日记>19381113
女中が起して[に]来た时、私は又熟睡してはゐなかった。
寒さの为め又寝ようと思ったが、东天は已に晴れて明かった。
私は又一人でとぼとぼと佳里に归って来なければならなかった。
あヽ友との语りは何等の刺戟にもならなかった。
酒を饮むからとて一寸も面白くなかった。
台南へ行って来たりすることは决して私のこの心の动摇を解决することが出来なかった。
再び私はこの佳里街に驱驰してその日の粮を稼ぐ自分を发见したのだ。
午近く黄百禄君は现地临检の序でに访ねて来た。
丁度《风月报》の简荷生氏も来访してゐるし、又岳母も六甲から来てゐるので、午食には小宴を张った。
百禄君は少らく游んでから归って行った。
女服务生来叫我时,其实我未曾熟睡,气温有点冷,想再多睡一会儿,东方已明亮而晴朗。
我终究还是自己一个人非姗姗回佳里去不可,啊!
和朋友交谈没得到任何刺激,喝了酒也没甚么乐趣可言;
台南来来去去,绝对不能解决我内心的纷扰不安。
再次发现自己仍是在佳里街奔波,只为了赚得当天的粮食。
近午,黄百禄君因现地临检,顺道来访,正好《风月报》的简荷生【1】氏也来了。
而且,岳母也从六甲来了,便一起开了小午宴。
黄百禄逗留片刻后,即回去。
【注】
【1】简荷生:汉诗人。
1935年创办“台北风月报社”,发行《风月报》,自任编缉兼发行人。
此杂志全文以中文撰写,白话文、文言兼用。
专刊登诗文、小说及讲谈杂录等。
1941年7月1日改名为《南方》,一直发行到终战为止。
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