吴新荣日记>19380917
先日东京の读书新闻大洋社で注文した本──《世界人名辞典》、《新露(西)亚风土记》、《赤色诊疗簿》、《菜根谭讲话》──が昨日来たので、昨晚は迟く迄これを读んで见た。
安くて而も仲々よい本なので感心してしまった。
昨夜のこの睡眠不足と、今日の过劳と、暴食暴饮で遂に又、体を坏してしまった。
今日は实に患者は七十名も突破したのだ。
この多忙の中に、私は交际人事に尽すことは忘れなかった。
往诊の序でに私は自宅で出来たレモンを友人达に赠与することは又便利と云はねばならない。
将军庄管内には、
吴丙丁、黄清舜、
植村荣宗、陈穿、
诸氏(に)赠ってしまった。
叔父は好物と云ふので、出来るだけ泽山赠った。
黄清舜氏は先日贳った月兔のお礼にもなるし、又文化人だから赏用ができると思って赠って上げた。
陈穿君を巷口に访ねた时、释迦梨をご驰走して下れた。
序に将军に归ったら、建筑工事は殆んど出来上がってをり、今只ペンキ涂だけしてゐた、我が爱儿朱里は热が出てゐるので、序でに见てやった。
归途佳里街には、
石锡纯、吴乃占、郑国浈、
谢得宜、吕成宝、黄平灿、
周逢凯
诸氏にレモンを赠ることを考へた、尚台南市には、
辛西淮、王乌硈、毛昭癸、
黄百禄、黄奇珍、郭维钟、
谢朝安、许天成、黄木隧、诸氏に赠って上げようとも考へた。
佳里に归って、往诊等を[が]济んだ时は已に暗くなった。
その时、庄闹得君が乐春楼へ案内すると云って来た。
酒小卖人になって披露をするらしい。
お客は酒仲卖の连中と彼の亲友である。
王乌硈先生も来てゐるので、私もその好意を受けることになった。
王先生は途中、织田氏の招待で别席に往ったので、私もその仲间になった。
相手になってゐるのは安藤、正林、佐野、御盐诸氏である。
私はこヽで献杯数十回を重られ、思はずに豪饮したわけだ。
家に归って见ると、先乐春楼へ行った连中徐清吉、李自尺、林书馆、黄水清诸氏は已に麻雀を斗ってゐる。
然し醉ふた私は已に何も兴味がない、早速床に就いて睡ってゐたら、何时しか吐气を催した。
とにかく起きて吐いてしまふと气持がよくなった。
久し振りの出酒である。
不眠、过劳、暴饮が恶いのだ。
前不久向东京读书新闻大洋社订购的书,即《世界人名辞典》、《新露西亚风土记》、《赤色诊疗簿》、《菜根谭讲话》,于昨天收到了。
昨晚大致翻阅了一次,书很便宜,相当好的书,令人佩服。
昨夜的睡眠不足,加上今天的过度疲劳以及暴饮暴食,终于把身体弄坏了。
今天病患突破了七十名,繁忙之中,也不忘善尽人际关系。
趁往诊之便,把自宅收成的柠檬顺便拿去送给朋友。
将军庄管辖区内有:
吴丙丁、
黄清舜、
植村荣宗、
陈
穿。
叔父说很喜欢柠檬,我就尽可能多送一点。
黄清舜氏那边,就当做前天他送我月兔【1】的回礼。
再则,我是因为他是文化人,懂得品尝而送他的。
在巷口拜访陈穿君时,他请我吃释迦梨。
顺路回将军看看,建筑工事几乎是大致完成,只差尚未油漆而已。
因爱女朱里在发烧,也顺便去看看,归途打算分送柠檬给住在佳里街的诸位:
石锡纯、吴乃占、郑国浈、
谢得宜、吕成宝、黄平灿、
周逢凯。
也打算分送给在台南的诸位:
辛西淮【2】、王乌硈、毛昭癸、
黄百禄
、黄奇珍、郭维钟、
谢朝安
、许天成、黄木隧【3】。
但是回到佳里,往诊结束时,天色也已经很晚了。
庄闹得君来家里邀我到乐春楼。
可能是为了取得酒类零售商的资格而请客,客人都是烟酒配销的中盘以及他的亲人。
王乌硈先生也来找我,我就接受了他的好意。
中途由我陪同王先生前去加入织田氏招待的酒席。
席间有安藤、正林、佐野、御盐诸氏。
我向他们敬酒数十次,喝了不少。
当我回到家时,先前也在乐春楼的徐清吉、李自尺、林书馆、黄水清几位已在我家打麻将,但我已醉了,没有兴趣,马上就上床睡觉,却感到想呕吐,起来吐了一阵,才稍感舒服些。
很久以来不曾如此出酒【4】。
不眠、过劳、暴饮绝非好事。
【注】
【1】月兔:即兔子。
因民间传说月中捣米的兔子,故称月兔。
【2】辛西淮(1879-1951):台南市人。
原籍福建同安,出生于台南府城。
日治时期曾担任宪兵队的通译。
历任保正、庄长、台南市协议会员、总督府评议会会员。
1912年与台南地方士绅共同创设台湾轻铁会社(任社长),1942年改组为兴南乘合自动车会社(任副社长)。
战后改组为兴南汽车客运,辛家成为主要经营者。
【3】黄木隧:台北县人。
台北医学专门学校毕业。
台北医学院发起人之一。
曾任乡民代表会主席。
【4】出酒:台语,念tshut-tsiú。
酒后呕吐。
