年月日:1938:19380414:19380414-h-roc-s27-006-吴新荣日记
吴新荣日记>19380414
晚食后、酒仲卖に行けば、国津君等已に西美楼にて待てるとの电话があった。
それで清吉君と一绪に行って见れば、好汉、美人数名待机してゐるのだ。
国津君は已に半醉の状态であるが、その无谋な行动は苦々しく思った。
自尺君も呼びよせて十时迄饮んだ后、一同は佳里兴に向った。
水潭君は不在で、残念だったが、培初君はよく案内してくれた。
营顶より佳里兴への路は皆で散步して见た。
胧月夜の下に一群の若人は木麻黄の并木に沿ふて喃々と语った。
培初君の言を借りて云へば、“木麻黄は枯れて保甲民は困るだらう”と。
佳里兴の旗亭で饮んだ后、各自は家路に就いた。
已に午前一时顷である。
美しきものは天にあり、悲しきものはこの地にあり。
吃完晚饭到烟酒配销所,接到电话说:国津君等人已在西美楼等我。
所以和清吉君一起前往一看,几个好汉及美人都到齐。
国津君已呈半醉状态,如此轻率的行为真是令人头痛。
自尺君也被我找来,喝到十点之后,一同到佳里兴。
结果水潭不在,真遗憾。
倒是培初君好好地招待了我们,从营顶一路散步到佳里兴。
朦胧的月光下,一群年轻人沿着木麻黄的路树,沿途喃喃私语着。
借用培初君的说法:“木麻黄枯干,使保甲【1】民为难。”在佳里兴料理店喝些酒后,各自回家,已是一点了。
天上的都是美丽的,地上的都是悲伤的。
【注】
【1】保甲:清朝地方制度。
十户为一甲,十甲为一保。
彼此连带责任,相互监视。
日治时期沿用之。
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