朝、早く起き、母七旬の典仪を举行。
紬姑も6时にお经を开始。
7时半终了。
大姨と昌仔の妹に留守を托して8时半の急行にて碧莲と母のお骨を奉带して清水へ归还。
车中马时に会ひ例のレール卖买を相谈大体まとまった。
清水では基流、基銶、景山等亲同に迎へられ、彰化から岳父も来られてゐた。
早速鹿寮山に直行、地理先生陈天赐に案内されて13时半に埋葬、14时顷に终了。
父と合并葬で一つの墓だった。
途中阿妈の墓に烧香し、それから鹿寮へ姑丈の病气见舞に行った。
夜碧莲、义夫、基流を伴って肇嘉哥を访问、兴少く去り、丁度彼も新筑乔迁で多数の客との宴会中なので暂くして清水街仔へ游び、亦祐[佑]と永昌宅に立ち寄って夜は我が部屋に宿った。
感慨无量である。
结婚前、日本から归ると夜明け迄语り合ひ、新婚の时は又淑英と初夜を明かし、それなのに二人の最もいとしき人は共に此の世を去ってしまった。
一夜思ひ出に心は乱れ、眼は泪にかきくもらされた。
06月5日
星期六
早上早起举行母亲的头七。
紬姑也从早上六点开始念经。
七点半结束。
拜托大姨与昌仔的妹妹在家留守,我捧着妈妈的骨灰,与碧莲乘八点半的快车回清水。
车中碰到马时,商量铁轨买卖,大致抵定。
基流、基銶、景山等亲友前来清水迎接,岳父也从彰化来。
马上前往鹿寮山,在地理先生陈天赐的带领下,下午一点半埋葬,两点结束。
与父亲合葬一墓。
途中替阿妈的墓上香,之后回鹿寮探望姑丈病情。
晚上在碧莲、义夫、基流的陪伴下拜访肇嘉哥,聊得不甚有意思,刚好他也为庆祝乔迁宴客中,不久就告辞前往清水街上逛逛,与亦祐[佑]到永昌家,夜里在自己的房间过夜。
感慨无限。
结婚前,从日本回来就聊天聊到深夜,新婚时又在这里与淑英度过初夜,如今这两个最亲爱的人都离开人世。
一整晚被回忆搅乱心思,泪湿眼眶。